革命的cinema同盟

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R18短編小説『片腕アラサー 対 血みどろスケバン狂騒曲』パルプフィクション文庫

『片腕アラサー 対

 血みどろスケバン狂騒曲』

(短編・パルプフィクション文庫)

※1試し読みは下をスクロールして下さい。

※2試し読みは全ての半分だけを掲載しております。

 

お久しぶりです。伊藤です。

やっと新刊の告知が出来ます。

今回はなんと二、三年ぶりの創作ですパロディはありません)。

映画評論ではないのでご注意ください。

本作ともう一作のショート・ショート集『天使のいる地獄』を2020年11月22日の第31回文学フリマ東京にて散布致します。

あん、コロナだから今回もパス!という方はご安心。

今回はデータ販売にてBoothで散布するので、逃げられないよ。ええな?

なお今回はパルプフィクション文庫という実験企画を立ち上げました。

詳細はこちらから。

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R18短編「片腕アラサーVS血みどろスケバン狂騒曲」

 

文学フリマ販売価格:300円(Booth価格:300円※データ販売)

B級映画ワゴンセール企画本につき二冊で500円☆

 

ページ数:52p

発行者:革命的cinema同盟

編集:デルモンテ岡村

執筆:オー・ハリー・ツムラ

表紙:伊藤チコ

表紙の影絵:SILHOUETTE DESIGN、(@TopeconHeroes)      

kage-design.com

印刷・製本:ちょ古製本工房

ブース販売ページ:下記リンクからどうぞ(2021.1.9遅くなり申し訳ないです)

booth.pm

※1試し読みは下をスクロールして下さい。

※2試し読みは全ての半分だけを掲載しております。但し性描写はカットしています。

※3参考資料・元ネタは一番最後にあります。 

 

☆あらすじ☆

初恋よ、永久に眠れ!

掻き立てる三十路のエクスタシー

夕陽血潮で染まった時、最後に立っているのはどっちだ!

風紀の乱れは心の乱れ!

崩壊した教育現場を粛正するべく、政府は殺しの許可証を持つ狂育者を育成した!

そして悪徳校長とスケバン率いる不良軍団が覇権を争う工業高校に、

隻腕の狂育者五木エリカが派遣された!

しかし、

うっかりスケバンがプラトニック・ラブしている青年を寝取ってしまった

大変だ!

スケバンは香港仕込みの暗殺術を身に着けた世界最高の殺し屋だ

純愛が粉砕されたスケバンは三千人の武装ヤンキーと

T34戦車そしてアハト・アハトを率いて県警本部に八つ当たり!

彼に相応しい女はどっちだ!

荒れ狂うスケバンの真空飛び膝蹴りに

五木エリカの隻腕が唸った!

「必殺!片腕七つ道具一京ボルト電磁砲!」

今世紀最大の純愛、

ここに死す! 

 

【試し読み】(25870文字(R18描写割愛後は22733文字)/51741文字)

 

 D県立射手前工業高校は高い塀に囲まれていた。

 刑務所を思わせる厚く無機質なコンクリの壁に沿って、真黒なスーツに身を包んだ、アラサー教師五木エリカは歩いていた。
 銀髪のセミロングで身長が高かった。狸のように丸い目は愛らしく、胸と腰は性的な膨らみを持っていた。気になるのは、右手である。片方だけに黒い手袋がはめられていた。日差しの強い五月には暑苦しく感じられた。
 壁一面に描かれた下品で性的な言葉とピカソを真似た絵画に沿って正門に向かうと、鉄の正門に男性の死体がぶら下がっていた。スーツは焦げて、メガネは割れていた。整った髪からは血が滴り、蝿が嬉しそうに飛んでいる。門を開けると、死体が落ちてきた。腐って首がちぎれたのだ。ちぎれた部分から蝿の子供たちが零れ落ちた。
 校庭を横断する。校庭の隅に目をやると、こんもりとした山が峰を成している。一つの山を野良犬が掘り起こしていた。しばらく眺めていると、犬は墓から腕を一本引きちぎり、エリカの前を横切っていった。
「ようこそ!こちらにいらして!」
 昇降口で校長が機嫌よく出迎えてくれた。ブヨブヨに太り、パンパンなピンクのスーツを着て、ヨチヨチ歩く、アツアツの化粧の彼女に導かれ、校長室に入った。

 校長はソファーに飛び乗って、葉巻に火をつけ煙を吐く。一本勧められて、エリカも火をつけた。
「よく来てくれたわ!あなたが来るのに三年かかるって言われた時は自殺を考えたけど、待った甲斐があったわ!忙しいのね?人気があって羨ましいわ!」
「まだまだ、教育現場は荒れていますからね」
 低い、凛とした声でエリカは答えた。

 小中高におけるヤンキーと教師の犯罪は増加の一途を辿った。そして、不正を隠蔽する体質もまた、脈々と受け継がれた。教員は激務薄給の上、
「学校での生活しか知らない世間知らず」
 と、社会から誹謗中傷を受けた上に、先輩教員とヤンキーからの暴力で精神を病むか、命を落とした。若い教員は離職するか自殺するかで、教員の数は激減した。人手不足を解消すべく、非正規雇用や外国人留学生を雇ったが、待遇が後進国の労働者以下なので人は集まらなかった。

 そのうち教職は最底辺の職種となり、ホームレスになるか教員になるか、秤にかけられるまでに落ちた。ロクな人間が集まらなかった。文字が書ければ教員になれた。
 結果、国内の教育レベルは低下した。程度の低い教師からは程度の低い人間しか育たない。真面目な生徒は死に絶え、生き残ったのは社会に害しか与えない汚物だけだ。
 世界上位の経済力を誇った日本なんて遠い昔の話。現在はアジア最貧国。国内産業は絶滅し、経済破綻を政府は宣言した。
 法治国家における神聖なる不可侵領域、そして全ての元凶である教育の場は、不正のもみ消し、教育委員会の隠蔽は当たり前。そしてヤンキーは未成年者の保護を強化させた新少年法により守られていた。
 爆増する少年犯罪に政府が出した答えは、一八歳以下の未成年者の犯罪に対する罪は、最大一年の少年院収容という条文だった。施行前年まで未成年の犯罪で年二百人の死刑判決、三千人の懲役刑が出されていた。そんな状況でも世論は、
少子化ゆえに子供は大事にしなければならない。それがどんな罪であっても、実刑を与え、本人の社会復帰に害を与えたらどう責任を取るのか?数少ない子供を大切にしよう。そのためには罪を犯しても更生に期待するべきだ。例え殺人を犯しても、更生に期待しよう」
 性善説を極端に過信した思慮のない民意により、目先の利益しか考えない政府は選挙で勝ちたいがために、この新少年法憲法の修正項目に記入した。史上初の憲法改正だった。
 十八歳までなら人を殺しても死刑にならない!ヤンキーたちは暴れだした。徒党を組み、商業施設や銀行を襲い、些細なことで人を殺した。
各地で新少年法反対の暴動が起こった。しかし、それでも未成年者の更生を信じる層が根強く、憲法改正には至らなかった。
 こうした法治国家の崩壊に、心ある若手官僚は危機意識を持った。彼らはそもそもの根源が、学校教育の崩壊にあると考えた。
彼らは国内最後の無法地帯に司法のメスを入れようとし、文×科×省のタカ派官僚が中心となって、司法・教育の枠組みを打破すべく、新教育令を作った。そして国会で十年に及ぶ根回しの末、強行採決した。
 その法律では一定の能力を満たした教師に殺しの特許状を与える内容だった。特許状を得た彼らは、腐ったリンゴを殺害することが認められた狂育者となった。
 この特許状のために、文×科×省は強烈な試験と訓練を施した。初年度は受験者十万人の内合格者二名、九万人の死亡者、九千人は精神を損なった過酷な試験だった。合格者がいない年もあり、施行二十年で特許状を持つ教師は、全国で五十人しかいなかった。その一人が五木エリカだ。
「あなたは歴代最高の狂育者と聞いているわ」
「ただのフリーランスですよ」
 殆どの狂育者は特定の学校に所属せず派遣教員として各地の学校に出向いていた。その方が―。
「金になるわよね。私もだいぶ稼いだわ。おかげで生徒に足を持っていかれたけど。以来普通の先生よ」
 校長はスカートをめくった。金属製の義足が見えた。
 校長も狂育者だった。しかし校内政治で私腹を肥やす方がずっと得意だった。アルファベットも書けなかった英語教師は、サイコパスな思考と政治力、そして容赦ない残酷さと暴力でD県屈指の権力者になった。
 エリカは葉巻の火を消し、
「普通の先生がこの学校にいるとは思えませんけどね」
 D県立射手前工業は世界で三番目に荒れていた。一番目は南アフリカの小学校で課外授業に銀行強盗と警察署を襲撃している。二番目はメキシコの高校で三千坪の大麻畑と覚醒剤製造工場を持っている。
 射手前工業は国内最大の実習設備がウリだった。ヤンキーたちに武器弾薬を作らせ、紛争地域に密輸していた。製鉄技術もあり、戦車も作ることができた。
 大手兵器メーカーの製品を入手し、分解して図面を作る。精密な機械は困難を極めたので量産はできなかった。しかしアナログな時代遅れの武器の方が、顧客の要求に答えることができた。大量に作れて現地で修理がしやすいからだ。部品も販売し、利益率は高かった。
 校長が始めたビジネスだった。特許状は終身だったので、好きなだけ抵抗する教師や警官を殺害できた。十五年に渡り、東アジア最大の武器製造工場の利権を独占できた。
彼女は国中からヤンキーを集めた。この学校に通う三千人の生徒のうち、九割が少年院卒だった。生きる価値もない生き物に、技術と学歴を与える聖職者として、校長は著名人だった。
「フフッ!普通のおばちゃん先生よ!たった二人の生徒に頭を抱えているんだもの。たった二人ね・・・・・・」
 校長は二枚の写真と数枚の紙をエリカに渡した。
 一枚目には、仲村カウという女子生徒の顔が写っていた。鼻が高くて肩口まで伸ばした髪に、切れ長の目がはかなげな大和撫子だった。ここまで和服が似合いそうな日本人はいないだろうと、エリカは思った。
「特にこの女は・・・・・・」
 と、校長は二枚目の写真を指差した。西洋風人形の顔立ちに、海の色をした瞳の少女が写っていた。真っ赤なヘアバンドをつけた金色の長い髪は美しく、深窓の令嬢と言うべき女だった。
 二枚並べると西洋と東洋の伝統的な人形を並べているようだった。
 彼女の名は丹羽スミレ。昭和臭い名前と、校長は苦々しく呻いた。数枚の紙には詳細な記録があった。
               ☆
 丹羽スミレは六歳で孤児になった。彼女の最も古い記憶は、後部座席から始まる。
 彼女はD県のプロレタリア階層の出身だった。両親は日本人だったが、母親はロシア人を祖先に持っていた。隔世遺伝で金髪の青い瞳の少女が生まれるのも、おかしい話ではなかった。
 両親は正義感溢れる性格で、悪徳警官ロリコンデブの岡村巡査の児童買春を糾弾した。地元紙が騒ぎ、県警は岡村を一ヶ月の減給処分にした。岡村はこれを恨み、スミレの家を深夜、襲撃した。両親はスミレを連れて逃げ出した。闇の中、娘の腕を掴む母の手は、力が入っていて痛かった。
 父は乱暴に車を運転した。銃声がする。後部座席で母はスミレに被さり、飛び散るガラスの破片から守ってくれた。強い衝撃。車が電柱にぶつかって止まった。
「畜生、二人とも逃げろ。母さん、スミレを頼む。ここで足止めする!」
「待ってよ!」
 スレミは叫んだが、包丁を持って父は車を飛び出した。母も、
「お父さん!ごめんなさい、スミレは車の中にいて。お父さんを連れて帰ってくるから、絶対に」
「待ってよ!」
 スレミは叫んだが、母は車を飛び出した。
 八歳の子供が大人しくできるはずがない。車を降りようとしたが、一人でドアを開けられなかった。このチャイルドロックが最後の父母の愛だったと、後にスミレは思った。
「ホッ!よくも俺を減給にしたな!」
 パトカーで追いかけてきた岡村は、スミレの目の前で両親を射殺した。割れたドアの窓から、両親の血が降り注いだ。
 岡村は両親の死体を何度も蹴り飛ばし、放尿と脱糞で侮辱した。そしてスミレに気が付くと、
「ホッ!貴様の両親はどうしようもないウンコだ。汚らしい遺伝子を持ったお前も、射殺してやりたい!でも、新少年法のせいでお前を殺したらクビになってしまう!新少年法は子供を殺すのも禁止しているんだ!」
 代わりに彼女を車から引きずり出し、ビンタして唾を吐きかけた。顔が半分ない両親の無残な遺体を見せつけ、そしてスミレの顔を、母の顔があった場所にグリグリ押し付けた。スミレは泣き叫んだ。
「お母さん、お母さん」
 岡村は殴って蹴って彼女を虐待した。警官は彼一人だった。やがて市民の通報でパトカーが来た。仲間に目撃されたらまずいと、岡村は逃げ出した。スミレは血まみれになって泣くしかなかった。保護されたスミレは岡村の暴行を訴えたが、目撃者がいないので無視された。
 その後スミレは父の友達で、香港人のジミーの養子になった。彼は東アジア指折りの殺し屋だった。親分肌の彼は、彼女を一流の殺し屋に育て上げた。
 十二歳で彼女は東アジアの頂点に君臨した。狙撃も暗殺術も武術も身に付けた最高の殺し屋だった。それだけでなく、一流の教育も身に付けていた。勉強も好きだった彼女は香港社会で、表向きは優等生として受け入れられた。
 しかしある日ジミーは、
「俺は殺し屋を引退しようと思うんだ」
「どうしてですか」
 スミレは尋ねた。ジミーは答えた。
「俺はお前の親父と親友だった。親友の娘に危険な仕事を教え込んだことを最近後悔しているんだ。だから、これからは普通に生きていこうと思うんだ……お前に人殺しをさせてしまって!俺が殺しでしか食えないせいで!」
 ジミーは大粒の涙をこぼして謝罪した。スミレは彼のそばに駆け寄り、
「おじ様。私は感謝しております。両親の死から、私は泣くことも笑うこともできなくなっていました。おじ様は、確かに殺し以外のことはできないかもしれません。それでも、私に生きる術を与えてくれました。教育も、衣食住も下さいました。私はおじ様に少しでもお役に立ちたかったのです。だから、人殺しも苦痛ではありませんでした。むしろ幸せです」
「そんなことを言ってはならない。こういうことをしている人間はロクな死に方をしない。
今更だが許して欲しい。お前には殺戮の世界から抜け出して欲しい。誰かの命を狙うことなく、誰かに狙われることもなく、落ち着いた生活をして欲しい。
俺は長年、人を殺して生きてきた。その生き方を変えるのは勇気がいる。しかし、お前に強いる以上、俺も努力しなければならない。スミレ、約束してくれ!俺と一緒に普通の生活をするんだ。約束だ!」
「はい。約束します」
 二人はスミレの故郷のD県に移住し、スミレは地元中学に通い始めた。
 そこでは嬉しいことがあった。幼馴染のジョーという少年に再会できたのだ。スミレはジョーが大好きだった。香港に行ってからもずっと大好きだった。
 この時期のスミレは幸せだった。殺戮の世界から陽のあたる、愛とか純潔とかを、まだ夢見る余裕のある世界に住むことができて、スミレは幸せだった。
 しかし移住して一ヶ月後に、ジミーは殺された。スミレが十三歳の時だった。中学校から帰ってきたら、ジミーはミンチになってゴミ袋に詰め込まれていた。
 ゴマすりと裏金で警察署長に昇進していた岡村がジミーの素性を知って金欲しさに、ジミーを憎んでいた裏社会の人間に売ったのだ。スミレは激烈な憎しみに支配された。
岡村は児童買春が生きがいだった。記憶力に問題がある男だったので、ラブホテルに来た彼女のことは忘れていた。
「ホッ!これは大当たりだ!さあ、おじさんのポヨンポヨンなお腹に乗ってごらん!体脂肪率四十%だよ!」
 スミレは岡村の腹の上にまたがって行為をすると見せかけて、彼の目に指を突っ込み、脳をかき回した……あの感触は忘れられない。たくさんのミミズの中に手を突っ込んだような、ヌルヌルとした細長い物体が、手の甲を、そして手のひらを撫で回す、気持ちの悪い感触。
「ホッ!ホホッツ!!ホッ!!!」
 岡村は体を伸ばして痙攣した。鼻から脳みそが噴出し、スミレの顔に飛び散った。残った目に、
「私を見て下さい。見覚えはありませんか。あの時のウンコです」
 恐怖と痛みで岡村は絶叫した。スミレがグイグイと手首まで眼窩にのめりこんでいくと、動かなくなった。
 いつも以上に感情的な殺しだった。叫びを聞いて駆けつけた従業員に抑えられ、スミレは少年院に入った。
 復讐を終えた彼女は気力が失われていた。脱出しようと思えば簡単にできたがやる気がなかった。ぼんやりと一年を過ごす中で、彼女は忠実な部下にして最愛の親友である仲村カウと出会った。

                  ☆
 仲村もまた凶暴な性格だった。彼女は連続撲殺魔だった。彼女は生涯で百十一人を殴り殺していた。
 初めての殺人は自らの祖父だった。十一歳の時に同居を始めた高齢者の祖父は、暴言と暴力を母に振るった。
「なぜ長男を産まない!娘一人では家が絶えるだろう!」
 ストレスで母は娘に八つ当たりした。父親は、SNSに夢中で何もしなかった。
祖父が死ねば前の生活に戻れる、と考えた娘は、祖父を置き時計で殴り殺した。それを叱責した父も、バットで殴り殺した。母は感謝した。二人で死体を細かくし、燃えるゴミに出した。
 しかし、父と祖父の相続財産を巡り母子は対立した。
「そもそもあんたが女に産まれたのが悪い!男に産まれていたら、誰も死ななかった!なんで女に産まれた?」
 娘は母を撲殺した。馬乗りになって、何度も拳で母の顔を潰した。指の骨が折れるまで母親を殴った。
 でも、彼女は母を愛していた。自殺未遂を起こしたが死にきれず、警察に自首した。一年間少年院に入ったが、彼女の殺人ロードは本当の意味でそこから始まった。母の死で彼女の人格は壊れ、撲殺の虜になっていた。
「殴る時の振動が、手のひらから足の先まで電気のように流れ、その痺れが強く『生きている』を感じるんだ。あの時、お母さんは生きていたんだって思い出すんだ」
 母親は拳の中に生きていた。どうして人はショックを追憶するのだろう。『母』を感じるため、生活費を稼ぐため、通り魔を繰り返した。男も女も子供も老人も関係なく被害者になった。
 警察は七回任意聴取をしていたが、毎回彼女の担当をしていた警官の伊藤は、女の子が撲殺はしない、と思っていたので逮捕されなかった。仲村が逮捕され二度目の少年院に入ったのは、伊藤を殴り殺した時だった。
 彼女の拳は何十人も殴ってきたことにより、鋼鉄の硬さに変質した。車のボディを貫通させるのも簡単だった。
 それでも、東アジア最強の殺し屋の少女と同じ房に入ると知った時は、年貢の納め時を感じた。しかし実際会ってみると、想像以上に弱々しい美少女だった。
 仲村はスミレの身の上話を聞き、自らの身の上を重ねた。祖父、父……大好きな母を苦しめて、穏やかな生活を破壊した彼らに対し、仲村は自らの手でけじめをつけた。その後、母を撲殺した時の記憶は手のひらに残っている。区切りがつかない世界に生きている仲村は、スミレにはそうなって欲しくないと思った。スミレをいい子だと思っていた。彼女の根は腐っていないと思ったのだ。
「まだ復讐は終わってないんじゃないの?養父を殺したヤツを殺さないと・・・・・・」
「その気力はもうありません」
 スミレはぐったりしていた。養父を失ったと同時に、少年院に入ったことで、今後の社会生活の足枷になると考えていたのだ。新少年法で治安が乱れた社会であっても、マトモな職業に就くには、真面目に生きていた方がいいに決まっていた。
 そして警官殺しで前歴が洗われ、殺し屋だったことが露見した。警察職員の一人が、うっかりSNSに投稿してしまい、話題になっていた。もう養父の願った普通の生活は送れない。
 普通の生活とはなんだろう。スミレは両親が生きていた時の生活を思い出した。貧しかったけど、髪の毛の色で、瞳の色でいじめられたけど、両親がいて、かばってくれる友達もいて、ほのかに好きになった男の子もいた。そういう生活なんだろうな……でも、自分の素性が全て明るみになった今、そういう生活は送れない。
 仲村は無気力なスミレにヤキモキするのと同時に、スミレが好きになった。彼女の願う普通の生活に自分も身を置きたくなった。でも、けじめはつけなくてはならない。新しく生きるのならば。
「復讐を果たしてから、普通の生活を送れば良いんじゃない?」
 スミレはきょとんとした。
「どういう意味ですか?」
「だって義理のお父さんを殺したヤツ、まだ生きてるんでしょ?ダメじゃん、最後まで復讐はしないと。けじめがつかない」
「・・・・・・ですが、養父との約束をこれ以上破るわけには」
 スミレはうなだれた。ゴチャゴチャした話は嫌いな仲村は頭をゴリゴリ掻いて、
「マトモになるのは後でいいんだよ。大体、今の日本でマトモなヤツなんていないんだから。マトモって何って言われたらめんどくさいけど、私自身のことも言えないけど、略奪や殺人、行政機関の不正に慣れてしまう社会で、理性を保つなんて不可能だよ。だからその約束守るなんて、そもそも不可能なんだよ。日本では。だから金を貯めて、海外に移住して、名前も何もかも全部変えてやり直す時まで、我慢しなよ。
でも復讐は果たさないとね。自分の人生を損なったヤツをそのままにしちゃダメなんだよ。新しく生きるなら、余計に」
 スミレは仲村を見つめた。この屁理屈にも似た楽観さに興味をもった。仲村は言った。
「何とかなるって」
「何とかなるものなんですか」
「大丈夫じゃないの?私も一緒だし」
 スミレは救われた。
 二人は一緒に卒院した時、半年かけて復讐を果たした。その過程でD県の県議も殺した。養父の仇は県議の部下だったのだ。
 再び少年院に収容されたが、職員の津村が二人の下着を盗んで転売しようとした時、彼女たちは彼を惨殺した。それをきっかけに少年院から解放された。少年院は彼女たちに怯えていた。
 卒院後、二人は別々の生活に戻ったが交流は続いた。
 学校に戻ったスミレは、その凶暴な行いが全て露見していたので、友達から見捨てられ一人ぼっちだった。特に大好きなジョーも彼女を無視するようになり、心が重かった。
 最悪なことに殺した県議は土建会社の社長だったのだが、ジョーの母親の勤務先でもあった。ジョーの母親は失職し、再び職にありつけず病に倒れた。ジョーは生活保護で学校に通っていた。スミレはジョーに顔向けできなかった。だから仲村の存在は救いだった。
 仲村もスミレといると、『母』への追憶を忘れることができた。彼女はその理由を考えた。
「似た者に出会えて、寂しくなくなったんだと思う」
 仲村は中学を出たら進学せずに、金を貯めて海外に行こうとしていた。
スミレは高校への進学を望んだ。高校を出ていた方が海外に行く資金を貯めやすいと考えたのだ。だが、凶暴な前科のせいで、受け入れてくれる学校はなかった。定時制も単位制も断られた。
 仲村はスミレを可愛そうに思った。そして彼女は少年院卒でも入学できる射手前工業を紹介した。
「ヤンキーの巣窟か・・・・・・暴力に彩られた日々はイヤ」
 スミレは渋った。しかし仲村は熱心に勧めた。
 スミレは賢かった。だから高卒の資格を取って、もっと上の学校に行けると仲村は信じていた。高卒認定試験というものが昔あったが、そんな制度とっくに廃止されていた。経済破綻した日本では教育は不要不急の産物となっていた。だから、上の学校に行けば収入の高い仕事に就けたし、海外に行く時も、不便ではないと考えた。DQNの帝国への入学を嫌がるスミレに仲村は、
「大丈夫だよ、私も一緒に行くから」
「仲村さんが行くなら、行く」
 こうして二人は射手前工業に入学した。
                  ☆
 エリカは紙を校長に返した。校長は二本目の葉巻に火をつけた。校長は発情した顔で、
「入学すると知った時、濡れたわ!彼女たちと仲良くなれば、県のあらゆる産業や公的機関を手に収めることができるって興奮したの!
 実はね、私は県知事になりたいの!でも対抗勢力が強くてね!彼女たちと仲良くなって、そいつらに牽制することができれば、県知事になれるわ!そしたらもっとたくさんお金が入るのよ!新しい税制を作って、公共工事はうんと高い金額で受注して、お礼を貰う!工業団地に覚醒剤の工場を作って世界中に売るの!商売敵が来たら、彼女たち消してもらうのよ!
 でも、説得に失敗したの。三年前、私の駒だった生徒会の連中を使ったんだけど……ヤンキーって嫌ね。一年生にお願いするのが嫌で、生徒会で殴りかかったの」
               ☆
 入学式直後、スミレと仲村を三十人ばかりの武装ヤンキーが取り囲んだ。コカインが香水の代わりになっている、全身刺青の顔黒ギャルの生徒会長は、
「ヒャッハー!あんたら、百人以上殺しているヤンキーなんでしょ、ウチラの仲間になれよ、校長からの命令なんだよ。拒否権はないのさ!」
「すいませんね。ウチラ、堅気になりたいんです。校長先生のお話はお断りします」
 仲村は腰を低くして頭を下げた。しかし顔黒は、
「ヒャッハー!一年がナマを抜かしてんじゃねえ!」
 とナイフで切りつけ、仲村は腕を切りつけられた。
「痛い!」
「何をするんですか」
 スミレは怒鳴ったが、一年に反抗されてプライドが傷ついた生徒会長は、
「ヒャッハー!仲間にならないなら、殺せ、犯せ!」
 三十人のヤンキーは二人に飛びかかった。それが彼らの運命を決定付けた。
 スミレは怒った。仲村の傷は浅かったが、跡が残ったらどうしてくれるのだ。
 頭の中でサイレンが鳴った。殺せ、殺せ!
 スミレはファイティングポーズを取った。拳を顔の前で柔らかく握り、左足に体重を乗せて、右足を折り曲げてフラミンゴのポーズになった。そして、
「ミャハー!」
 と、金属バットで殴りかかったヤンキーの手首に、右足のつま先を送り込んだ。残像すら見えない速度で送り込まれた蹴りは、ヤンキーの手首を消滅させた。
「ミャアアアア!」
 ヤンキーは大量の血を手首から噴出させ、出血多量で死んだ。次々に飛びかかってくるヤンキーを、スミレは右足でミンチにしていった。顔黒はたじろいで逃げようとしたが、
「ちょ、あんた、逃げんなよ」
 仲村がいつの間にか背後に回っていた。強靭な握力を持つ仲村は、顔黒の下腹部を握りつぶすように掴んだ。皮膚にツメが食い込み、肉が裂けていく。
「あああああ!!!」
 痛みで絶叫する顔黒。仲村は顔黒の子宮と腸を引きつりだし、持ち主の目の前で引き裂いた。
「スミレ、トドメはあげる」
「はい」
 スミレは右足を天高く掲げた。百八十度に開かれた大きな股が勢いよく閉じられると、顔黒の脳天にスミレのかかとが入った。必殺のかかと落としである。
「ギャァアアア!」
 顔黒は叫んだ。頭蓋骨が割れ、脳が潰れ、体が真っ二つに裂かれていく感覚を最後に、絶命した。
                 ☆
「生徒会はこうして全滅。北陸地方を代表する生徒会だったのに、十分で生ゴミになったわ。二人は生徒会を私の差し金だと思ったの。私は彼女たちに危害を加えろなんて言っていないのに!
 でも、彼女たちは私に襲い掛かり、年寄りの足を奪ったの。おっほっほっ!恥ずかしいわ!この年で土下座して、理由を話して命乞いだなんて!二人は言ったわ。
『スミレさ、この学校では大量の銃火器製造を行っているじゃん?その利権、ウチラで貰おうよ。そうすれば高校卒業したら、すぐに海外に行けるよ。スミレも海外の大学に進学できるじゃん!』
『ですが・・・・・・』
『迷っている場合じゃないよ。海外の物価は高いんだ。校長、死にたくなかったら、ウチラを生徒会に任命して、工場の利権全部寄こしな』
 心底ムカついたわ!でも命が惜しいわ!取引先に、工場の幹部生徒に彼女たちの指示に従うように伝えたの!おかげで私はただの先生、何の権限もないの!
でも、不思議!ムカツいたけど、ますます仲良くなりたくなったの!優秀な子は大好き!何としても仲良くなりたい!手を組めれば、私は県知事になってたくさんのお金が入る。彼女たちは県知事の私の権力を使える。
 彼女たちは裏社会ではやっていけると思うわ。でも表の世界ではまた別の顔が必要よ。私にはまだ表の顔はあるわ!操り人形になるかもしれないけど、お金が手に入るなら十分よ!今は一円も手に入らないんだもの!でも、彼女たちは私の話を聞いてくれないのよね!丹羽スミレは言ったわ!
『校長先生と手を組んで、県政を牛耳る提案には乗れません。私たちは卒業したら海外に行くのです』
 行かせるものですか!彼女たちの力があれば、県知事、いいえ、北陸三県を支配下に置くこともできるのよ!
 だからあなたにお願いする内容は一つ。彼女たち私の同盟を結ぶ懸け橋になって!」
「それでも彼女たちが応じなかったら?」
「フフッ!彼女たちは強い!だから、強いヤツを見分ける能力にも長けている!あなたを見たらこう思うはずだわ。やられるかもしれないって!臆病とは違うのよね。死線を歩いている者だけがわかる、ただのカン・・・・・・あなたと衝突したくないはずだわ。
 私もケチだったの!分け前は半分半分で交渉していたわ。でも、九対一でいいわ!試算したの。工場の利益が年間五十億。でもこの県で絞れる利益は五千億。私の分け前として五百億も入るんだから、贅沢は言えないわ!」
「もし仲良くなれなかったらどうしますか?」
「その時は殺していいわ。実は、私が県知事になるのを後押ししてくれている人物がいるの。その人からの突き上げが最近ひどくてね。いつまでも待たせられないの。だからあなたが最後の希望なの。あなたが彼女たちと私の同盟を成立させれば、最高なのよ。彼女たちはまだ利用価値があるのよ!」

 

 階段を上がって三階を目指した。そして三年B組に向かった。エリカは数学兼B組の担任になった。元の担任は校門でぶら下がっていた男だった。
「あら・・・・・・B組はどこかしら」
 教室の案内板は全て壊されていた。どの教室がB組だか分からない。時刻は三時間目だった。この時間は一学期の中間試験なのに、廊下には生徒が何人かいた。
 座り込んでいる男子生徒を足で押すと転がった。腕に注射痕がいくつもある。手には注射器があった。やりすぎで死んだのだ。廊下の端では男同士、(R18のためカット)
 女の悲鳴が聞こえた。男子トイレで乱雑な音がする。覗き込むと、白衣を着た女性教師が男子生徒三人に(R18のためカット)。忙しそうなので、立ち去る。すると、男子生徒が一人追いかけてきた。
「女の匂いがすると思ったらやっぱりいた!あの女には飽きていたから、お前を犯す!」
 チャイムが鳴った。それを合図に男子生徒は勃起した(R18のためカット)をむき出しにして飛びかかった。エリカはサッと避けると、男子生徒は勢いあまって床に転がった。
 避けながらエリカは、右手の黒い手袋を取った。立ち上がった男子生徒は、
「な、なんだ!その手は!」
 右手は冷たい鋼鉄の輝きを放っていた。義手だった。しかし、しなやかに動く高精度なものだった。
「あなたのような生徒のせいで失ったの。でも気に入っているんだ」
 エリカは右腕を男子生徒に向かってまっすぐ伸ばした。すると、機械の右手が腕の中に収納され、銃の口のような穴ができた。
「片腕七つ道具……瞬発ハリケーン!」
 エリカが叫ぶとブワッ!と、突風が手首から巻き起こった。秒速十キロの風は男子生徒を飛ばすのは十分すぎた。
 彼は紙のように宙を舞い、壁に叩きつけられた。頭は粉々に崩れ、脳みそが壁を汚した。目玉の一つが床に転がる。
 それを上履きが躊躇なく踏み潰した。
「なんの騒ぎでしょうか」
 清雅な声だった。今まで聞いてきた中で一番美しい声だと、エリカは思った。声の主は青い瞳で見つめ、
「あなたが新しい担任の先生でしょうか。お初に目にかかります。三年B組の丹羽スミレです」
「五木エリカよ。あなたが校門で腐っている担任を殺したの?」
 と、尋ねるとスミレは瞬きもせず、
「はい。あの先生は理科の先生に乱暴しました。死ぬ寸前まで追い詰められていましたので、私が救いました」
「多分、その先生は肉便器になっているわ」
 エリカはトイレを指差す。ちょうどすっきりした顔の男子生徒二人が出てきた。青い顔になったスミレは入れ違いに中に入ると、悲鳴を上げた。
「そんな!ああ、先生!目を開けて下さい!まだお嬢様が小さいのに!一歳にもなっていないお嬢様を一人にしてしまうのですか!旦那様が亡くなって、お家には誰もいなくなってしまうのですよ!お嬢様を一人にしてはいけません!先生!」
 男子生徒二人は釘で打たれたように固まっていた。スミレの悲鳴を聞きつけて、ざわざわと生徒が現われた。一様に怯えた顔で、男子生徒たちを遠くから見つめている。
 スミレがトイレから出てきた。無表情は変わらなかった。男子生徒に向けた瞳も、海の色のままだった。
 男子生徒の一人、リーゼントはもう一人の共犯者であるスキンヘッドを指差した。
「俺じゃねえ!俺は止めたのだ!うぐ!」
 いつの間にか間合いを詰めたスミレは、リーゼントの首に向かって人差し指を突き立てた。その指は彼の喉仏を潰し、首の裏まで突き抜けた。
 リーゼントが声にならない悲鳴を上げると、空気の漏れる音と一緒に血が噴出した。
崩れ落ちる彼にスミレはまたがり、襟詰めの制服を剥いだ。胸にツメを突き立てると、瞬く間に皮膚が切り開かれ、内臓がむき出しになった。そしてもくもくと腸を引き出した。
 血の噴水の中、彼女は瞬きもしなかった。雪よりも白い肌は紅色に、月の光よりも金色の髪は朱色に。彼女の全てが赤に染まった。解体が終わるとスキンヘッドに、
「一時間くらいで彼は死にます。このようにしておけば、何があっても、彼は助かりません」
 まだ心臓も肺も動いていた。瞬きすらリーゼントはしていた。まだ彼は生きていた。
「そいつが言ったのは嘘だ!」
 スキンヘッドは喚いたが、スミレは無視して、
「パンツを下ろして下さい」
 スキンヘッドは拒絶したが、スミレは同じことしか言わなかった。諦めた彼は、泣きながらズボンとパンツを下ろした。濃い陰毛の中に生えたしなびた(R18のためカット)
「湿っていますね・・・・・・先ほどまで(R18のためカット)に湿っていますね」
「ち、違う。俺じゃない」
 彼はベソをかきつつ、しかし(R18のためカット)は固く伸びた。スミレはエリカに、
「彼は何をしていたか、教えて頂けますか」
「彼は口の中に入れていたわ」
「ありがとうございます。こういう風でしたか?」
 スミレは(R18のためカット)。エリカは、
「もっと激しくしていたわ」
 (R18のためカット)を押し込み、引き抜き、また押し込むのを繰りかえした。やがて、
「オェ!」
 スキンヘッドは自らの口内に射精した。射精の衝撃で、股間の出血がひどくなった。吐き出さないようにスミレは彼の顎を押さえた。喉がごくごく動き、彼女が手を離すと吐いた。足元に赤い白濁液が広がった。
「汚したら掃除をしなくてはなりません」
 スミレは彼の頭を掴み、床に叩きつけた。足で頭を踏み、ゲロの中でモップ扱いする。彼は虫の息で股間を押さえていた。出血が尿を漏らしたように広がっていく。荒い息遣いで涙を流す彼に、スミレはつま先からの蹴りを入れた。血の中に歯と目が転がった。
「彼も一時間ほどでしょう。そこのあなたとあなた。申し訳ございませんが、一時間後に彼らを外に投げておいて下さい。先生は埋葬して下さい」
「外に投げておくだけでいいの?」
 エリカが尋ねると、スミレは顔を向けた。血と精子の飛び散った顔に表情はなかった。
「こちらに来られる前に、犬を見かけませんでしたか?彼らが食べてくれるのです。お墓に入っていいのは、善き人だけです」
「クリスチャンなのね」
「いえ、臨済宗です。ところで、先生からは血の匂いがしますね・・・・・肌に染み込んだ、たくさんの血の匂いがします。狂育者なのですね」
 周囲がざわついた。新少年法から解き放たれ、未成年を自由に殺すことができる特権階級を、ヤンキーたちは恐れていた。
 しかしスミレは動じない。さすが東アジアの頂点に君臨した女子高生だとエリカは感心して、
「あなたのクラスに案内してくれる?」
「わかりました」
 スミレの案内で、エリカは教室に辿り着いた。挨拶を簡単にすませ、答案用紙を配った。この時間は試験の最終時限だった。
 射手前工業の偏差値は一桁だったので、テスト問題は偏差値二桁の学校とは異なる内容だった。答案は解答用紙とセットで、英国数三科目が紙一枚にまとめて配られた。
 テストが早く終わる人間には二種類存在する。頭が良くて考える必要もなく答案を書き上げるインテリと、答案を埋める意志もないボケである。この学校には後者しかいない。そのため一つの時限で三つの科目を解かせていたのだ。
 答案を見ると、偏差値一桁には十分な問題だった

 期末テスト問題(英国数)
〇英語
①名前をアルファベットで書きなさい。九十点
②ヘンリー・ダーカーの『非現実の横行』を全て日本語に訳しなさい。十点(掲載省略)
〇国語
①あなたの名前を漢字で書きなさい。九十点
聖徳太子蘇我馬子編纂の『国記』を全て現代語に訳しなさい。十点(掲載省略)
〇数学
①あなたの名前を書きなさい。九十点
ゴールドバッハの予想を証明しなさい。十点

 二十分もすると生徒たちは暇そうになった。通常ならば騒いでいるに違いない。しかし彼らはエリカの顔色を伺い、机の端を筆記具でトントン叩いて、文字を埋めているように見せかけている。なお、スミレは居眠りをしている。見てみると、答案は全て埋まっていた。他の生徒は名前だけ埋めていた。
 例外がいた。頭を捻って、答案を埋めている男子生徒が一人いた。低く唸る声が、エリカの何かを呼び起こした。
 いい男だった。端正でキツイ眼差しに高い鼻と広い肩幅、そしていい匂い―エリカは唾液を飲み込んだ。教卓に戻り、名前を確認した。変わった苗字で読めなかったが、下の名前はジョーだった。
                 ☆
 放課後、B組にはエリカとスミレが二人だけでいた。生徒用の机を二つ、向かい合わせに並べている。校長の話を伝える間、スミレは口を挟まずに聞いていた。
 本当にいい女だと思った。ルネサンスの画家たちがいたら、先を争ってモデルにしただろう。宗教画の聖マリアのモデルに彼女を選んだだろう。可憐とか優美とかそんな熟語では言い表せない。エリカは涎が零れるのを耐えた。彼女はバイセクシャルだった。
話が終わるとスミレは静かに、
「そういう話なのは、わかっておりました」
「そう。コーヒー飲む?」
「頂戴いたします」
 エリカはコーヒーを差し出した。量販品の陶器のカップに注がれたコーヒーを、相変わらずの無表情でスミレは上品に口をつけた。
「毒とか気にしないの?」
「入っていれば匂いでわかります。それに私には大抵の毒物は効きません。訓練で耐性を身に付けました」
「そう。先ほどの話も、気にせず飲んでくれるかしら?」
「考える時間を下さい。すぐに回答できません」
「条件も破格。部下になりたいと言っているようなものよ」
「そのような問題ではありません。私もいつもまでもこのような生活はしたくないのです。
 私の養父―既に死んでおりますが―は私に普通の生活を送って欲しいと望んでおりました。養父には感謝しております。普通の生活を送れるようにするのが、養父への恩返しです。でも日本ではそれができません。あまりにも顔と名前が知られてしまいました。だから、お金を貯めて、海外に移住するつもりなんです。卒業したら、工場は校長先生にお返しします」
 エリカは我慢ができなくなって、テーブルの下で履物を脱ぎ、スミレに向かって足に伸ばした。足の裏で彼女のくるぶしを撫でるが、彼女は微動だにしなかった。
「海外に行ったらどうしたいの。やりたいことでもあるの」
 頬に手を置き、エリカは尋ねた。
「仕事を探してその国に馴染むつもりです。やりたいことはたくさんあります。一度の人生では足りません。
 私は本が好きです。いつかダ〇ンジャンのようなファンタジーを書いてみたいのです。ですが、私には知識がありません。それでも私のやりたいことです。
 私はアニメが好きです。いつか京都〇ニメーションのようなアニメを作りたいです。ですが私には絵心がありません。それでも私のやりたいことです。
 私は子供が好きです。いつか保〇士になってたくさんの子供に囲まれたいです。ですが」
 スミレは初めて微笑んだ。とても悲しそうな顔だった。
 エリカはその笑みを写真に撮って永遠に見ていたいと思った。スミレが話している間、その声に聞きいった。彼女の口が動くたびに、上下の唇を繋ぐ唾液が伸びて切れるのが官能的だった。エリカは自分の股間に手を伸ばし、擦った。
「私の体に染み付いた血の匂いで、子供たちは私を嫌いになるでしょう。それでも私のやりたいことです」
「普通の生活に憧れているのね」
「はい。ですので、校長先生のご期待には添えません」
 ふふん、とエリカはほくそ笑んだ。普通の生活をしたいという理想と、そのために暴力と殺戮の日々を過ごしている矛盾に満ちた三年間を想像した。
「戻れると思うの?」
「戻ります」
 強い口調だった。断固たる決意を感じた。そして、
「先生、私からも質問させて下さい。どうして理科の先生がレイプされている時に助けて下さらなかったんですか。性犯罪は重大な神への反逆です」
「私は狂育者だからね。お金が入らない仕事には口を出さないの。あなたは性的なことが嫌いなの?」
「とても嫌いです。本日殺した三人の家族も始末するように手配しました。性的な事柄が嫌いなのです。特に卑劣な手段は特に嫌いなんです」
「処女?」
「はい。私は、結婚する人としか関係を持ちたくありません。ですので、先生は諦めて下さい」
 いい加減我慢の限界だったのか、青い海の瞳が荒れだした。エリカは撫でるのをやめた。フフッと笑いが漏れてしまった。
「厳しいわね。あなたがとても怖いわ。あなたは?」
 スミレは小さく笑った。目が薄くなり、手で口元を隠した。ゾクゾクするような妖艶な表情だった。
「私も先生がとても怖いです。とても怖いので、この話は少し考える時間が欲しいです……そろそろよろしいでしょうか。外にいる友達が暴れそうな気配がします」
 二人が教室を出ると離れたところに、仲村がいた。敵意に満ちた目でエリカを見ている。
「お待たせ。帰ろう」
 スミレは仲村と並んで階段を下りていった。
「何を聞かれたの?」
 玉を転がすような声で仲村は尋ねた。スミレは、
「学校を出たらゆっくり話すよ」
 エリカは職員室に戻ろうと、少し距離を開けて彼女たちの後をついていく。階段途中でスミレが、
「何か用があるのでしょうか」
「職員室に戻るだけよ。それとも私が後ろにいると怖いの?ゴリラの山の大将さん」
 仲村が振り向き怒鳴った。
「ちょ、山とは何さ!山脈だし!」
「怒っている点が良くわかんないんだけど、先生に失礼な言葉は控えてよ。何者か話したじゃん」
「フン!」
                     ☆
 その時、一人の生徒が階段を上がってきた。ジョーだった。すれ違いざまにスミレを睨みつけて、階段を駆け上がっていく。
「先に行ってて」
スミレはジョーの後を追いかけて階段を上がっていった。仲村はポツっと、
「諦めないね」
 一階で仲村と別れたエリカは踵を返し、階段を駆け上がった。B組の教室に戻ると、ジョーとスミレが向かい合っていた。悪趣味に、陰からエリカは覗いた。
「ジョー、この間の話いかがですか。明後日の日曜日にジ〇リを見に行く話なのですが」
「行かないって言っているだろ!もう俺に関わるのはよしてくれ!クソ、定期券を忘れたばっかりにお前と会うなんて!どこにしまったんだろう。いつまでいるんだよ。とっとと帰れよ。しつこいんだよ」
「・・・・・・ですが」
 ジョーはスミレに構いなく机やロッカーを漁り、定期券を探していた。鞄までひっくり返している。
「そういえばジョー、昨日十八歳の誕生日でしたよね。おめでとうございます。私も先月十八歳で・・・・・・だから」
「帰れ!」
 スミレはうなだれて教室を出てきた。咄嗟に天井に張り付いたエリカにも気が付かない。
 しばらくしてジョーが舌打ちして教室から出てきた。頭をかきむしり不機嫌そうだった。定期券は見つからなかったようだ。
 エリカは音も立てずに廊下に舞い降り、教室の窓から外を眺めた。校門で仲村が不安げな顔で待っている。スミレが背を丸めて出てきた。夕陽に当たった彼女の姿は弱々しかった。
 職員室に戻るため、再び階段をエリカは下りた。二階に着いた時、怒鳴り声が廊下に響いた。
「やめろ!何をするんだ!」
 ジョーの声だった。エリカは声のする方に向かう。男たちの声がする。ジョーを入れて三人の声だった。
「お前、あの女にイチイチ喧嘩売ってんじゃねえよ」
「あの女がキレなくても取り巻きの二人がキレて、俺たちが巻き添えになったらどうすんだよ」
「知るか!自分の身は自分でどうにかしろ!」
「偉そうなことを言える身分なのかよ!お前が男娼なのをみんなにばらすぞ!」
「う、うるせえ・・・・・・」
 殺意のこもったジョーの声。
「コイツ、生意気だ。犯してやる!」
「やるなら・・・・・・金を払えよ・・・・・・」
「ウッヒャー!しゃらくせえ!黙らせてやる!」
「や、やめろ!あぉう!」
 バックルを外す金属音とジョーの悲鳴が重なった。二年生のクラスの一つからだ。再びエリカは覗き込む。
 (R18のためカット)

「ん、あ、ぶぶ!んんんんん!」
(R18のためカット)

「あ、あぁぁぁ!やだ!やだあああ!」
(R18のためカット)

「定期券を返すぜ。これがなければ学校に戻ってくると思っていたんだ。やれやれ!女を犯したら丹羽に殺されるからな。文句だけ言うつもりだったが、コイツはいい。あの女に絶対助けを求めない。だから俺たちが何をしてもいいんだ!ジョー!また無料でやらせろよ!」
「便利な男なのね」
「そうさ・・・・・・うわ!」
「眉のない子、もう死んでいるわよ」
頬に血を浴びたエリカは、眉なしの心臓を鼻ピアスに投げた。眉なしは彼女の背後で、胸に穴を開けて死んでいた。
「い、いつの間に」
「片腕七つ道具……空手チョップ!」
 エリカの義手が鼻ピアスの頭蓋骨を粉砕した。
 断末魔の悲鳴は、気絶したジョーには聞こえなかった。

 ジョーが目を醒ますと見知らぬ部屋に寝ていた。簡素なホテルの一室。ふかふかの暖かなベッドが一つ置いてあり、そこに横になっていた。部屋には据付の家具以外何もない。
「何もない部屋で驚いたでしょう。仮の住まいよ。学校での仕事がすめば出て行くだけだからね。着替えだけ持って出歩いているの。あなたの体が汚れていたから勝手にお風呂で洗ったわ。服もボロボロだったから新しいのを買ってきた」
 エリカがバスローブ姿で現われた。豊満な胸にしなやかな足、そして水滴が残る彼女の右腕にジョーは注目した。
 肩口から鋼鉄製の義手が垂れていた。無数の配線が血管のように走り、無数の小型ランプが点滅している。そのアンバランスさが妙にエロかった。ジョーは頭を振って、
「な、なんで、俺は・・・・・・こ、ここに!」
「眉毛のない男と鼻にピアスつけた男は、もうこの世にいないわよ」
エリカはジョーの隣に腰を下ろした。腰のラインがタオルに張り付き、くっきりと見えた。彼らの死を知って、ジョーはホッとした。しかし、
「見たのか?」
「最初から最後までね・・・・・・」
「畜生。あんな姿を見られるなんて。死んでしまいたい」
 ジョーは嗚咽を漏らした。エリカは尋ねた。
「丹羽さんに話したら?ああいうのは嫌いなんでしょ」
「誰がそんなことをするか!俺はあいつが大嫌いだ!」
 ジョーは湿った声で怒鳴った。丹羽スミレの名前なんて聞きたくなかった。
                 ☆
 ジョーはスミレと幼馴染だった。六歳まで二人は一緒に過ごした。スミレはロシア人のハーフで、髪の色や瞳の色がみんなとは違っていた。それを理由にいじめられた時、ジョーは彼女を庇った。
「やめろってば」
 ショーは小さな時から正義感が強かった。だからいつもスミレを守っていた。
「ジョー、大きくなったらお嫁さんにしてよ」
 と、スミレはませたことを言った時、ジョーは恥ずかしくてもじもじした。しかし、スミレの両親が死に、彼女は香港に行ってしまった。突然のことに衝撃を受けた。
 中学でスミレと再会した。泣き虫でいじめられっ子だった彼女は、誰もがうらやむ才知と美貌の持ち主になっていた。
「ジョー、久しぶり。私を覚えている?」
「あ、あああ……」
 照れくさくて何も話せなかった。でも、嬉しかった。
しかし一ヶ月も経たないうちに、スミレは警官を殺して少年院に入った。ジョーはショックを受けた。スミレは香港で殺し屋の養子になって、その世界では有名な殺戮マシーンになっていた。
 ジョーはDQNが嫌いだった。社会の秩序を乱す連中だからだ。だから、スミレがそういう連中よりも劣悪な存在になったのが、どうしても許せなかった。
 スミレが少年院から戻ってきた時、誰も彼女に近づかなかった。ジョーもそうだった。
「ジョー……教科書忘れちゃったから見せてくれる?」
 一度だけそういう時があった。でもジョーは拒絶した。スミレは悲しそうな顔をした。
 学校に居場所のなくなったスミレは仲村と交流し、半年後にまた少年院に入った。
 その過程で土建会社の社長だった県議を殺した。県内最大の規模で、社長の死で会社は倒産し、千人規模の失業者が生まれた。その中の一人がジョーの母だった。早くに旦那を亡くし、気丈に息子を育てていた母は、再就職ができず病に倒れた。ジョーはスミレを憎んだ。
 ジョーは勉強ができなかった。やらないでできないタイプではない。やってできないタイプだった。だからどうしようもない。中学を出たら働こうと思っていたが、母が必死に頼み込んで高校に進学した。受け入れ先は偏差値一桁の射手前工業しかなかった。
 そして、よりによって丹羽スミレもいる。彼にとって最悪だった。自分の破滅を引き起こした女がいるなんて、耐えられなかった。しかし、母の必死の懇願で彼は退学することができなかった。
 中学では生活保護で生活ができたが、経済の悪化で生活保護制度は消滅した。そして射手前工業の生徒を雇ってくれるバイト先はなかった。やっと新聞配達のバイトを見つけたが、フェイクニュースばかり流して、購読者数が激烈な減少を見せている媒体の給料は、全然足りなかった。
 だからジョーは男娼として体を売ることにした。顧客は老若男女問わず。屈辱だった。売春なんかしたくないのに。でも、そうしないと生活できなかったし、母が死んでしまう。
 (R18のためカット)

当然学校にはバレないように注意していたが、先日鼻ピアスと眉なしに目撃され、今日に至ったのだ。そして今日は、見るからに意地の悪そうな狂育者に目撃された。あまつさえ、スミレに助けを求めろと言う。侮辱以外の何物でもない。
 ジョーは憎しみのこもった視線をエリカに向けた。
「俺を馬鹿にするなよ。勉強はできないが、お前にバカにされるような生き方はしてない」
「まあ、確かにあなたは、勉強はできないわ、今日の英国数のテストだけ採点したんだけど、他の子はみんな三科目合計二七〇点ちょうどなのに、あなただけ、三十点ちょうどだった。丹羽さんは満点なのにね」
 エリカはジョーに顔を近づけた。シャンプーとエリカ自身の体臭の香りが混ざり、股間が熱くなった。化粧を落とした顔も、エリカは美しかった。色っぽく、鼻はすっと通り、今度は目を背けることができなかった。
 男娼として数々の客を取ってきたが、性風俗に来る客はどうしようもない連中ばかりだった。金は踏み倒す。風呂には入らない。痛いことをする。何より醜かった。心も体も。男娼を始めてから性的なことが嫌いになっていた。
 しかし、エリカの体は極上だった。ジョーは絶望した。自らのオスの本能に絶望した。
「馬鹿でも私、あなたが欲しいな」
 誘う、かすれた声。ジョーはエリカを突き飛ばそうとした。しかし手を捉まれ、強い力でベッドに押し戻された。
「犯されている時のあなたは素敵だった。その体も素敵」
 発情したエリカは言った。
「金払えよ。それで、俺は食っているんだ!」
 ジョーは吠えた。金を貰うことで仕事だと割り切ることができた。しかし、
「セックスにお金を払うのってモテないヤツのすることじゃん?私は違うのよ。
ねえ、代わりにさ、スミレに付きまとわれないようにしたくない?私にあなたをくれたら、教えてあげるけど。ダメならいいわ。でも私がうっかり、今日会ったことを彼女に話したら、どうなるかな。ずっとスミレはあなたを心配して、今以上に付きまとうわよ。あなたはこう思われるの。女に守ってもらっている肉便器って」
「黙れ!」
「アッハハ!でも、私のことを好きになってくれたら、色々頑張ってもいいんだけどね」
 と、妖艶な笑みでエリカは見つめた。
「ふ、ふざけ・・・・・・ん!」
 エリカの唇がジョーの口をふさいだ。

(R18のためカット)
 本能と理性の葛藤だった。こんな女に抱かれるなんて嫌だった。金をよこせ。そうすれば仕事になる。そうでなければ……なんなんだ。
ジョーが黙っていると、それを拒否と捉えたのだろう、エリカはムッとして、
「じゃあ、いいわ!仕方がないわね!でも明日のホームルームでは、彼らがいなくなった理由を言わないといけないの!何があったかをみんなに説明する義務があるの。私、先生だから!」
「み、みんなの、前では、や、やめくれ・・・・・・」
 エリカの恐喝にジョーの声が震えた。
「あなた、人にはやめろって言うのに、相手の要求は全部無視するのね!ワガママよ!選びなさい!私に抱かれるか、みんなにバラされるか。フフッ、バラされたらもう学校こられないわね。あなたのお母様もがっかりのあまり、死んでしまうかも!お母様にもお話ししないとね!」
 もっとも避けたいことだった。ジョーは母に男娼のことを隠していた。自分のために息子が売春をしているなんて女親が知ったらどうなるのか?
 ジョーはボロボロ涙をこぼし、
「わかった・・・・・・わかったよ!でも、約束しろ。俺がスミレに付きまとわれないように協力しろ!」
「わかったわ」
 その瞬間、エリカの唇が押し寄せた。手はペニスをしごき、舌も口内をとめどなく犯した。エリカはバスローブを脱ぎ捨てた。

(R18のためカット)
「あぁ!一番好きなところに当たる!」
「ここが好きなんだ」
「うわあ!あん!あ、あ、ま、またくる!ああ!」
(R18のためカット)

                 ☆
 夜明け前にエリカは目が覚めた。隣のジョーは寝息を立てている。その頬にキスをし、浴室に向かおうとしたが、しっかり立てない。余韻がまだ腰に残っている。
 フラフラと窓際の椅子に座る。そこまで歩くのが精一杯だった。タバコに火をつけてスミレを想い浮かべる。ジョーのようなイイ男が好きだったし、美しい女も好きだった。特にスミレのような美しく強い女が好きだった。
 しかし、スミレは拒絶した。それが一番嫌いだった。自分のセクシャルに絶対の自信を持っていた。相手が男だろうと女だろうと。だから拒絶されるのはもっとも不愉快な事柄の一つだった。
 スミレを苦しめたい。
 だからジョーに近づいた。寝取ろうとして。しかし、思った以上に満足な時間が過ごせた。
 ジョーとの交わりでスミレへの復讐心は消え失せた。代わりに、ジョーに付きまとうゴキブリに思えた。ジョーを自分だけのものにしたくなった。ジョーに寄り付く女は皆殺しにしたくなった。
「渡さない」
 校長の依頼で受けた仕事だったが、金の問題ではなくなっていた。

 

 土曜日の夜、スミレは仲村を自宅に呼んで、夏休みの生産計画を練っていた。
夏休み中も武器工場は稼動している。反米国家から大型の案件を受注できたので、工場はフル稼働だった。それゆえに生産工程の管理が必要だった。
 スミレは忙しかった。工場の管理とテロリストと現地での折衝。夏は海外に行きっぱなしだった。また資金管理のために絶えず通帳を見なければならなかった。
「百億の貯金ができたけど、円安で一アメリカドルが一千万円ってあんまりだよね。千ドルで何ができるんだろう」
 スミレは仲村にぼやいた。仲村は工程表と発注書の納期を調整しながら、
「工場の利権を手に入れてなかったら、どこにも行けなかったね」
 経済破綻した日本円は信用がなかった。ルートは凄まじく悪化し、第二のジンバブエドルと呼ばれていた。
アメリカは無理だな……ブラジルはどうかな?一レアルが百万だよ」
「仲村さんが一緒ならどこにでも行ける。ジョーも一緒に行けたらな……」
「まだ言ってんのかよ」
 仲村はムッとした。仲村はスミレとジョーは別世界の人種だと思っていた。かつての間柄を詳しくは知らない。でも、決して交わることのない世界に生きていると思っていた。それにジョーはスミレを嫌っていたのだ。彼は仲村を除いて、スミレに楯突ける唯一の人間だった。いい男だとは思っていたが、二人は交差しない道を歩いていると思っていた。
「ごめんよ」
 と、スミレは謝った。
                 ☆
 それでもジョーを愛している。
 同級生と殆ど交流がなく、誰がどのような進路を選んだのかまったくわからないまま、スミレは射手前工業に進学した。
 そこでジョーと再び出会った時、最初のうちは後悔した。中学卒業と同時に、ジョーと離れられてホッとした想いがあった。ジョーを愛していた。でも自分はジョーに適う女ではない。あまりにも嫌われる行いが多すぎた。
 だから高校で再会した時、衝撃の方が強かった。またジョーに冷たい目で見られるのか、と。
 しかし、運命めいたものも感じたのだ。
彼を忘れたことはない。平穏だった幼い日々の記憶は、殺伐とした日常の中で一層の輝き、憧憬を与えた。普通の人間なら忘れているだろうが、しっかり覚えている。あの約束を忘れない。
 スミレをいつも守ってくれたのがジョーだった。優しくて弱い者の味方だった。だから好きだった。ずっとずっと好きだった。
「ジョーのお嫁さんにして」
 愛を知るには早すぎた。でも、ずっとずっと愛している。
 中学で再会したジョーは男になっていた。色っぽくて艶美な男になった。肉体は無駄がなく引き締まっていた。スレていない、時には幼くみえる性格も変わらず、年を経るごとに魅力的な男になって
(25870文字(R18描写割愛後は22733文字)/51741文字)

 

○参考資料・元ネタ

(2021.1.9掲載。遅くなってごめんなさい)

ストーリー全体の世界観などは、
黒澤明『用心棒』
・石井聡互『狂い咲きサンダーロード
・ロバート・クローズ『燃えよドラゴン
クエンティン・タランティーノキル・ビル
ジミー・ウォング『片腕ドラゴン』を
ダシール・ハメット『血の収穫』
黒澤明『用心棒』
セルジオ・レオーネ『荒野の用心棒』
深作欣二仁義なき戦い
石井聰亙狂い咲きサンダーロード
ジョージ・ミラー『マッド・マックス』シリーズ
特にラストは、
長谷川和彦太陽を盗んだ男
ダン・オバノンバタリアン
から。ネタバレかな?

○五木エリカ
ガールズ&パンツァー』の逸見エリカから。片腕設定は『片腕ドラゴン』『片腕マシンガール』から。

○丹羽スミレ
主人公のモデル及び名前の元ネタは暁佳奈『ヴァイオレット・エヴァーガーデン(上・下、外伝、フォーエバー)』から。なおヴァイオレットは花の名前ですみれ→スミレ、ガーデンは庭→丹羽となってる。 日本で金髪になるとロシア人とハーフにするしかない。
性格は、下記二つの作品のヒロインを混ぜた。
如月ハニー飯坂友佳子作画/永井豪原作・原案『キューティーハニーF
・名取羽美/久米田康治かってに改蔵
主人公の必殺技(かかと落とし)は・アンディ・フグ(1964-2000)の決め技から。もう20年も経つのか…
幼少期の両親の死、復讐、殺し屋になるくだりは、『キルビル』のオーレン石井の生い立ちから。
クエンティン・タランティーノキル・ビル

○岡村巡査
キル・ビル』のロリコン趣味のボス松本及び『レオン』の悪徳警官スタンフィールド、そしてうちの首席。
リュック・ベッソン『レオン』

なお、作中でレビューした映画は、
・アレクセイ・シドロフ『T-34 レジェンド・オブ・ウォー』