革命的cinema同盟

名作お断りのB級からZ級のゴミ映画サークル 文学フリマ・ツイッターで活動中

ショート・ショート集『天使のいる地獄』(試し読み付き)パルプフィクション文庫

『天使のいる地獄』

(ショート・ショート集・パルプフィクション文庫)

※1試し読みは下をスクロールして下さい。目次をタップすれば飛びます。

※2試し読みは全てのショート・ショートの半分だけを掲載しております。

  

お久しぶりです。伊藤です。

やっと新刊の告知が出来ます。

今回はなんと二、三年ぶりの創作ですパロディはありません)。

映画評論ではないのでご注意ください。

本作ともう一作のR18短編『片腕アラサー 対 血みどろスケバン狂騒曲』を2020年11月22日の第31回文学フリマ東京にて散布致します。

あん、コロナだから今回もパス!という方はご安心。

今回はデータ販売にてBoothで散布するので、逃げられないよ。ええな?

なお今回はパルプフィクション文庫という実験企画を立ち上げました。

詳細はこちらから。

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ショート・ショート集「天使のいる地獄」

 

文学フリマ販売価格:300円(Booth価格:300円※データ販売)

B級映画ワゴンセール企画本につき二冊で500円☆

 

ページ数:40p

発行者:革命的cinema同盟

編集:デルモンテ岡村

執筆:オー・ハリー・ツムラ、伊藤チコ、デルモンテ岡村

表紙:伊藤チコ

表紙の影絵:SILHOUETTE DESIGN、(@TopeconHeroes)      

kage-design.com

印刷・製本:ちょ古製本工房

ブース販売ページ:下記リンクよりどうぞ(2021.1.9遅くなって申し訳ありません)

andou-harumi.booth.pm

※1試し読みは下をスクロールして下さい。目次をタップすれば飛びます。

※2試し読みは全てのショート・ショートの半分だけを掲載しております。

 

☆あらすじ☆

天国を解雇された!チクショウ、神様め!

可哀そうな天使が地獄で再就職するが、

求人票に隠された驚愕の真実に頭を抱えた(表題作『天使のいる地獄』)!

いつの世も人は欲深く、罪深い……。

金欲しさに大×を売る!(『×麻になーれ』)

詐欺を働く!(『説教屋』)

そして人を傷つける!(『片腕アラサー』他たくさん)

狂気の花園、カオスな現代社会では

×学生ですら怠惰な金儲けにまっしぐら!(『地球ぽかぽか計画』『お金の木』『世界最速のコケコッコー』)

だがしかし!悪は滅びる!

リアルでは死に絶えた善と正義のラリアットでボンバイエ!

作中限定にて、

「お仕置きよ!」

アッハイな人々が自業自得に滅んでいくザマを見つめた16作収録!

道徳教育に世界は活用せよ!

 

【試し読み】(各話半分だけ掲載) 

大麻になーれ

 大好きなアニメのBlu-rayが欲しい!しかしお金がない!そこで私は大麻を売ることにした。違法なことは儲かるのである。
 とはいえ、のんびり栽培している余裕はない。Blu-rayセットには数量限定のグッズがたくさんついていた。売り切れる前に買わないと!
 私は近所の空き地に生えている雑草を集めた。それを乾燥させて、安物の袋に詰めて繁華街に向かった。あちこちで中毒者が大麻を求めていた。私はその中で、一番お人好しそうな中毒者に声をかけた。
「珍しい大麻だよ」
「いくらだい?」
 事前に相場を調べていたので、それよりもほんの少し高く値段をつけていた。こういうのは安くすると怪しく思われる。中毒者は偽大麻を見て、
「なんだいこれ?」
「珍しい大麻だろ?吸ってみなよ」
「本当に大麻なの?」
「当たり前じゃん!一流の大麻だよ、珍しいだけさ」
 お人好しは怪訝そうな顔をした。こういう時は余裕を持って振舞った方がいい。私はお試しで吸うように勧めた。しかし、吸ってみると怪訝な顔で、
「本当にこれ大麻?」
「珍しいやつだからね。慣れるまでに時間がかかるのさ」
 そこで私は革命的なひらめきを得た。
「一袋、試供品であげるよ」
「本当に?」
「もちろん!新規開拓には時に損が必要なのです。さあ、たっぷり吸ってもっと欲しかったらまたおいで」
 それを数人に行ってみた。原材料は無料だから懐は痛まない。無料に人は弱いのだ。一週間して、お人好しの中毒者に再会したら、かなり満足していた。
「初めは怪しかったけど、吸っているうちに、これの良さがわかってきた。やっぱり高級品はいい!」
 その中毒者はたくさん買ってくれた。他の中毒者にも軒並み好調で、私は大儲けすることができた。
 思い込みの力は強い。本当は効果がないのに、思い込むと脳が騙されてくれる。思い込みの力はトラブルを招くことも多いが、おかげで私はBlu-rayを購入するだけでなく、転売用にもたくさん買うことができた。資本主義万歳!
 もっともっと欲しいものがある。
もっともっとお金が欲しい。
お金がたくさんあればもっと幸せになれる。
私は偽大麻ビジネスに夢中になった。
 騙された連中からの口コミで、私の名前は売れていった。そして行列ができるまで成長した。
「ヘヘ、こんな雑草が大麻になるんだ」
 毎日毎日草をむしりながらニコニコだった。
当然問題は生じてくる。警察と怖い人だ。でもすぐに解決できた。
 警察は毎日のようにやって来た。でも、私が販売しているものは、雑草を乾燥させたものだ。警察がいくら検査しても雑草に変わりはない。私は毎日逮捕されて毎日釈放された。そのたびに警察を訴えてたくさん慰謝料を貰うことができた。やがて市民団体に予算の使いすぎを指摘されて、署長は大変な目にあった。
 怖い人は、私の周りを警察がウロウロするよう
(1160文字/2321文字)

 

②説教屋

 幼少期に愛読したマンガが欲しいよ。でも、高くて買えない……そこで私はパチンコ店に飛び込んだ。そして身ぐるみ剥がされてしまった。可哀そうな私は仕方がなくお年寄りを襲撃することにした。全部社会のせいだった。
 まず一人暮らしの老人の家を探す。ジジイよりもババアがいいだろう。私は八十歳くらいのババアに狙いを定めた。家にいる間に押し掛ける。というのも、大半のお年寄りは貴重品を持ち歩いていて、留守の間に行っても、もぬけの殻なのだ。
私は金属バットを持って押しかけた。
「やい、ババア!老い先短いんだから貯金と土地の権利証をよこせ!」
 ところがババアは空手の達人だった。私は瞬く間にボコボコにされ、縛り上げられた。
「ワヒィン、何でもするから許して!」
「フフッ、若いのに強盗なんて元気があっていいこと。ちょうど医療費と税金が増えて、生活に困っていたところなのよ」
 話を聞くと、歳をとって引退していたけど、ババアも相当のワルだった。私はババアの手下になって『説教屋』ビジネスを始めることにした。
 ババアの肝の強さを思い知った。まずババアは繁華街に行き、ヤンキーを説教する。
「まあ、あんたたち、森鴎外なんか読んで!小説を読むと現実と虚構の区別がつかなくなるわよ!」
「何を言っているんだ、ババア」
「ぶっ飛ばしてやる」
 現代は年寄りが排除される時代だ。ヤンキーたちはババアに殴りかかった。
でもババアは空手の達人だった。ヤンキーの拳なんか痛くもかゆくもない。上手に受け流している。それがこのビジネスの肝心なところ。のされてしまったら大変だ。
通りすがりを装った私が通りがかり、彼らを注意する。
「私は弁押士(べんおし)だ。傷害罪で訴えられるぞ」
 弁押士は誤植ではない。ババアは長年の犯罪キャリアを披露してくれた。
「あんた非弁行為って理解できる?」
「しんにゃい」
「弁護士を騙ることを言うのさ。れっきとした犯罪だよ。ちなみに警察を騙るのも犯罪なんだよ。
人間は愚かなもんでね。何かトラブルがあるとすぐ『警察を呼ぶ』とか『弁護士に聞いた』と脅すんだけど、下手すると恐喝になるからね。悪いことを考える時にはよく覚えておくんだ。悪人になるには法律に詳しくないと。
 さて、弁護士と弁押士、一文字違うのに、その言葉の持つインパクトは大きい。特に頭がカッとなって冷静な判断ができない人間には、とっさに言ったベン『オ』シという言葉が、『弁護士』に聞こえる。あたしにいちゃもんをつけられてカッとなって殴って来る連中の知的レベルでは、『べん』と『し』だけで弁護士になってしまうだろうけどね。
 また『お』と『ご』は母音が同じだから、普通、勘違いするね。
 揉めている時に、あんたが弁押士と言えば大半の人間は聞き違いをする。そうすればあたしらの言いなりになるさね」
「弁護士って言ってもいいんじゃないの?」
「録音されていたら大変だからね。あと、弁押士という言葉は非常に紛らわしいから、あんたは『弁押士』という社名の会社を持つことにしよう。名刺も作ろう。トイレの紙でいいのさ。会社を作るのも簡単だしね。つまり『私はベンオシという会社の社長だ』と言っているにすぎない、という証拠をキチンと作っておくんだよ」
「ババァ!賢い!うう!私も偏差値が高ければ!」
「フフッ、さて実践に行こうかね。弁押士のあんたに注意されたヤンキーは」
 急にオドオドしだした。ババアは痛がって苦しむ演技をした。私は、 
「ああ!か弱いおばあさん。ヤンキー少年にリンチされて瀕死になっている。治療費がかかりそうだ!年金暮らしにゃ大変な負担だ!」
 大声を出して騒ぎ立てる。みんなが集まって来る。ターゲットにされたヤンキーたちは、一刻も逃げたい表情になる。
「ここであんたは腕を組んで、彼らの前を遮るんだよ。『ああ、大変だ。大変だ。ババアが治療費で破産して自殺する。お金がなくて破産する』ってね」
「なんで腕を組むの?」
「何かあって、あんたが相手を触った時、相手があんたに突き飛ばされたって言いだしたら面倒だからね。『転び公妨』って聞いたことないかい?警察が怪しい人間を捕まえる時に、わざと転んで公務執行妨害と傷害でしょっ引くやり方さ。理屈は同じなんだよ」
「直接金銭を要求するのは恐喝になるからかな?」
「その通りだよ。さあ、アンパンをあげよう」
「ヤッタ!」
「そうすると」
 ヤンキーたちは有り金全部を出して、これで勘弁してくれ、と言って逃げていった。そういう風にしても稼げる額は僅かだった。分け前は八対二だった。もっとも、ババアは殴られる側だから、文句は言えなかった。
「僅かな額だからいいん
(1878文字/3756文字)


③時を超えてやってきたミー

 初めに超空間を移動する二隻の宇宙船の説明をしよう。
 先を行く船は古代の恐竜たちをたくさん積みこんだ密輸船だ。この船の操縦手は未来の世界で、非合法に恐竜たちをブルジョワに売り捌くのが生業だった。
 その後ろを追いかけるのは時空パトロールだ。ずっと密輸船に止まるように警報を鳴らしているが、止まらない。返事の代わりに大砲が飛んでくる。仕方がないので自衛のために発砲した。
 攻撃は密輸船の倉庫に当たった。壁が壊れて中から、特殊な機械で小さくされた恐竜たちが、ポロポロこぼれて落ちていく。
時空パトロールは、この落し物の回収を優先することにした。恐竜の存在が認知されていない時代に落ちると大変だ。
回収は困難を極めた。ある時代のある海域に落ちた恐竜は、衝撃で元の大きさに戻り、客船を襲いだした。また、ある山に落ちた恐竜は、住民から小人とか天使とか呼ばれた。それでも、なんとか回収作業は進んだ。残り一匹である―。
 その少年は、自分の家でスヤスヤ眠っていた。真夜中だった。だから早すぎる目覚ましが、窓ガラスを破って飛び込んできた時には驚いた。その恐竜は、翼が生えていた。鳴き声は、
「ミーミー」
 だったので、少年はミーと名付けた。
 ミーは窓ガラスで怪我をしていた。少年は両親に気が付かれないようにこっそりとミーを治療して、水と食料を与えた。ミーはゴクゴクたくさん水を飲んで、鶏肉を選んで食べた。食事を終えると、ミーは満足そうに少年の周りを飛んだ。すっかり少年に心を許し、ミーミー鳴いて甘えた。
 少年は周囲から頼りない、大人しい性格と思われていた。女の子からは馬鹿にされ、男の子からはいじめられた。周りがこうだと決めつけると、そういう性格になってしまうものだ。事実、少年はそういう性格になっていた。
それがどうだろう!この不可解な空飛ぶ生き物は自分に頼り切っている!初めての経験だった。
 急に強い光が部屋に差し込んだ。時空パトロールだ。
「ヘイ!小僧、そいつを渡しな!」
 子供に何かを頼む時、こんな大声で怒鳴ってはいけない。おまけにこの呼びかけをしているのは、声が低く、毛むくじゃらで強面のパトロールだった。姿は少年に見えないが、怖がらないはずがない。だから、
「ミーを狙う悪いヤツが来た!逃げるよ、ミー」
「ミーミー」
 と、逃げ出すのは当然だった。
 少年とミーは町を駆け抜けて山の中に逃げ込んだ。茂みに囲まれた小さな丘に隠れていると。背後から、
「どうかしたのですか?」
 と、女性の綺麗な声が響いた。
振り返ると、天国から舞い降りた天使みたいな美少女がそこにいた。具体的にどのような美少女かだって?それはいつだって書き手の好みにいつも寄りかかってしまうのだ。ほっそりしていて、オパーイが柔らかくて、いい匂いがしてお金持ちで―このくらいでいいだろう。あとは読者が勝手に妄想すればいい。
 しかしこの美少女は密輸船の操縦手である。彼女ほどの美少女ならば他の仕事でも選べば良かったのだろうが、自分で選んだ仕事だから仕方がない。何より彼女はこの仕事が大好きだった。
それに人は見た目が全てである。少年は彼女が自分を
(1272文字/2544文字)

 

④天使のいる地獄

 私は天使。天国で神と人々に奉仕する存在。本来、神の指示を受けて、天国で仕事をしているのだが、先月リストラされてしまった。しかし私に落ち度があったわけではない。全部人間たちのせいなのだ。
 人間は気に食わないことがあると、すぐに犯罪に手を染め、死後地獄に落ちてしまう。いつの時代も天国は不景気で、地獄は好況だ。それが近年顕著になった。己の快楽のために安易に犯罪に手を染めるせいで、現在天国は史上最悪の大恐慌に陥っていた。
 それでも我々天使は、天国で数少ない善人の世話を行い、なんとか仕事を得ていた。しかし、とうとう大規模な人員削減が行われた。リストラされた天使の殆どは、人間の世界に降り立ち、人間に生まれ変わることを選択した。
 私は嫌だった。限りある人生を労働と苦痛に苛まれて生きるよりも、こうして天使のまま、永遠にのんびり生きていきたかったのだ。私は同じ選択をした数少ない仲間と共に、地獄に再就職した。地獄は人員不足で簡単に就職できた。
私は悪魔の部下になった。そしてある街に降り立った。
その街では祭りが行われていた。広場では若者たちが呑気に歌って酒を飲んでいた。悪魔は私に言った。
「おい、新人。あの呑気に酒を飲んでいる連中を、地獄に連れて行こう。いい案はないのか」
「私が天国からくすねてきた矢は、男女に恋心を芽生えさせる力があります。この矢の力を使いましょう」
「待て、カップルを作ってどうするんだ」
「見ていて下さい」
 私は集団から少し離れているところで見つめ合っている、若いカップルの女に矢を放った。矢は女の胸に命中した。もちろん怪我はしない。天使の矢は攻撃するためのものではない。愛を与えるためのものなのだ。
 続いて今度は、広場で騒いでいるひ弱そうな男に、矢を当てた。
命中すると、女は先ほどまで見つめ合っていた男から離れ、ひ弱な男に抱きついた。二人はその場で熱い口づけを始めた。
「おい、我々の仕事は地獄へ連れていくことだぞ」
「いいから見ていなさい。ほら、始まった」
 女と見つめ合っていた男は、大声で喚きながら、ひ弱な男に殴り掛かった。
「おい!よくも彼女を誘惑したな」
「うるさい。お前に魅力がないだけだ」
 男たちの殴り合いは激しさを増し、互いにナイフを持って争い始めた。やがて、男がひ弱な男を刺し殺した。
「ひどいわ。ひどいわ」
 女
(956文字/1913文字)

⑤前人未踏!世界で最も短い小説がついに誕生した!ヘミングウェイの『売ります。赤ちゃんの靴、未使用』やアウグスト・モンテローソの『目を覚ましたとき、恐竜はまだいた』を凌駕する、新たなる物語世界の幕が上がった!さあ、お立合い、お立合い!読み飛ばしたら呪う。次のページをめくれば、ビックリドッキリフォウフォウ!心臓の準備はいいかい?驚いてひっくり返っても知らないよ、二一世紀のトレンドは『自己責任』なのさ。次のページをめくればあなたは世紀の目撃者になれるんだ!知り合い、家族、彼氏彼女に自慢しよう!「それがなに」「で?」って言われたら、適当な言い訳を考えてくれ!準備はいいかい?トイレは行った?お祈りはすませた?生命保険は入った?まず手をこすって深呼吸をするんだ。まだめくるなってば!一生懸命文章を引き延ばしているのに!呪ってやる。ユーは大切な約束がある時に寝坊するんだ。もしくは別の予定を入れてしまって忘れてしまっているんだ。それも二回続けてね。いい加減タイトルを引き延ばすのしんどくなってきたよ。さあ、開くがよい!

(短すぎるから詳細は省略)

⑥誰か助けて!

「誰か助けて!」
 老婆の悲鳴は悲痛であった。
場所は高層ビルの真下。落下してきた花瓶が、路上を歩いていた少年に命中したのだ。
老婆は他人だったが、動かずに倒れている少年を見つけてパニックに陥っていた。他の通行人が救急車を呼んだ。
 救急車を運転してきた女性救急隊員は新入りであった。情熱に燃えていた。救命に生涯を捧げようとしていた。
 いつ何時呼ばれるかわからない仕事だった。勤務時間は不規則である。
「会う時間が減るからやめてくれ」
 五年間付き合った恋人に言われたが、彼女は彼の前から姿を消して、この仕事に就いた。熱意は人一倍あった。
就職試験は難関だった。最終面接に残ったのは二人。どうしても就職したかった彼女は、ライバルのイケメンを痴漢で訴えて刑務所に送り込んだ。一途な人間は怖い。手段を一切選ばない。
 今回が初めての出動だった彼女は緊張していた。必要以上に急ぎ、先輩救急隊員を置いてきてしまった。なので、一刻も早く病院に連れて行かなくては!
 少年を救急車に投げ込んだ。直ちに発車。狂乱した老婆はずっと叫んでいた。その声が耳に残った。
「誰か助けて!」
 横断歩道を横切る子供たちがいた。止まっていては少年の命にかかわる。彼女は子供たちの上を走った。
「急がなきゃ、急がなきゃ」
「誰か助けて!」
 老婆の悲鳴が甦った。
 子供を背負ったジジイが道を歩いていた。道は狭い。速度を落としたら少年が危ない。ジジイは宙を舞った。
「急がなきゃ、急がなきゃ」
「誰か助けて!」
 老婆の悲
(618文字/1236文字)

⑦改心した社長

 警察署の電話が鳴った。一人の警官がそれに出た。
「はい。こちらD警察署」
「もしもしお巡りさん!助けて下さい!」
「どうなさいましたか?」
「仕事帰りに黒ずくめの男たちが、私を車に押し込んだのです」
「なんと、それは誘拐ではありませんか!」
「ええ、私が会社を経営しているからでしょう。景気が悪くて大量に社員をクビにしたのが良くなかった。仕返しだとか話しているのを聞きました」
「誘拐されているのによく電話ができましたね」
「持っていた荷物は全て犯人に奪われてしまいました。しかし、こういうこともあろうかと、靴底に小型の発信機を隠していたのです。扉の外からイビキが聞こえます。どうやら犯人たちは眠っているようです。それで電話をかけました」
「なるほど、今どちらにいるのかわかりますか?」
「今は廃墟に押し込められています。扉は重くてとても開けられません。駅前の道をまっすぐ行って左手に見える大きな廃墟です」
「ああ、あそこですね。私が子供の時からあ
(413文字/826文字)

 ⑧優しい目撃者

女子高校生のDは帰宅途中、不審者に襲われた。暗がりに連れ込まれ、押し倒された。
「やめてください」
恐怖に顔をゆがめた彼女は叫んだ。
 その顔に発情した不審者の男は、デブデブ笑って彼女の胸と下半身をまさぐった。汗臭いデブだった。必死の抵抗をDはしたが、デブはやめてくれない。
トサカに来た彼女は、格闘技の心得があったので、デブの首をへし折って殺害した。師範に一般人には手を上げてはならないと言われていたのに!
 正当防衛とは言え、人を殺して冷静な人はあまりいない。彼女もそうだった。
地面に寝そべる首の曲がった死体のそばで、座り込んで震えていた。どうしよう。人をぶっ殺してしまった。まだ華の十六歳。青春の殺人者になってしまった。
マスコミが自宅の前で列を成して、家族にインタビューをするのを想像した。ああいうのって、整理券配るのかな。どうしよう。頭を掻き毟る。ママは再婚ホヤホヤなのに。秒単位で動揺が激しくなる。Dは生来、小心者だった。
 どれだけ時間が経ったのだろう。肩を揺すられ気がついた。
そばには貧相な、メガネで初老の男が立っている。この男も汗臭い。身なりを見る限り、ホームレスだ。
「何があったのですか。午後の七時を過ぎる時に、JKがこんなところで」
メガネは切迫した声で尋ねた。
 彼女は説明した。婦女暴行を受けかけたこと。首をへし折って、デブをぶっ殺したこと。自分が、テコンドーの世界大会準優勝者であること。そのため民間人に手を上げてはならないと、きつく指導を受けていたこと。ママの再婚相手は十八歳などなど。
「なるほど。確かにあなたは殺人者だ」
メガネは首を振って哀れんだ。殺人者の響きだけで、心がへし折れた。
メガネは少し考えた後、一つの提案をした。
「私があなたの身代わりになりましょう。あなたには未来がある。私には未来がない」
メガネは身の上話を始めた。同人誌作製にのめり込み破産した。家族とも離れ離れ。Dと同じくらいの娘がいることなどなど。
 Dはメガネに同情を覚えた。生来、こういった話に必要以上に感情移入をする性格だった。
「生きる希望は何もない。死んでいるみたいなものだ。せめてこの命を、不幸な若者のために使わせて下さい。優しい目撃者として、私の人生を終わりにさせて下さい」
「でも、私の気持ちは晴れません。人を殺してしまいました。その上、全く関係のないおっさんに罪を被せるなんて。胸が張り裂けそうです」
 彼女は泣き出したが、メガネは強く反論した。
「それは違います。あなたの居場所は刑務所でなく、もっと素敵で明るい世界です。こんなデブのために、その居場所を失う必要はありません」
「でも、私の気持ちは晴れません。人を殺してしまったのです。この上その重荷を一生背負って生きていくことなど、私にはできません」
 彼女
(1142文字/2284文字)

⑨無難なファッション

 青年はバス停に置かれているベンチに座っていた。なかなかバスが来ないのでイライラしながら待っていた。
そしたら、バスの代わりの老人がやって来て隣に座った。
 奇抜な服装だった。とんがった帽子、レンズが片方しかない眼鏡。顔中毛むくじゃらで脂が浮いていた。ネクタイはしていたが、着ているのは襟のない、白いシャツである。履いているのは右が膝まで、左
(167文字/335文字)

⑩片腕アラサー

五木エリカは工業高校で数学を教えていた。ややベージュがかかった銀髪がなびくたびに、男子高校生は内股をもじもじさせる。彼女がグラマーな体で近寄れば、彼らは目を反らす。女教師の鼻にかかった甘い声色で指名されると、野郎たちは失神した。やんちゃなガキも、彼女の言うことはよく聞いた。
女子生徒たちは面白くなかった。下品なツラで発情している野郎と同じ空間にいるのは、気持ちがいいものではない。彼氏にエリカと比較されるのも面白くない。女子生徒の大半はエリカを嫌っていた。でもエリカは反感を気にしていなかった。
学校にはやんちゃな生徒が多くいた。そいつらを仕切るボスがいた。女子生徒だった。スケバンだ。百人中百人がギャルだなあって思う、派手派手した子だった。金髪パッツンスレンダー巨乳の彼女が、トップだった。
彼女もエリカが嫌いだった。男子生徒を金で誘い、
「あのババアを婦女暴行して、学校に来れなくしてください」
 と、何人かに指示した。が、幸運なことにそこまでのことができる男子生徒はいなかった。
「姉さん、それは嫌だよ。俺、豚箱なんかに入りたくねえよ。補導で済む範囲で頼むよ」
「私の言うことが聞けないというのですか」
「やり過ぎはよくねえよ。姉さん、あと一年で卒業だから、今回ばっかりは我慢しようぜ」
 スケバンは歯ぎしりする他なかった。
 ある日エリカは保健室に遊びに行った。ジジイとババアの加齢臭が混在する職員室から逃げ出したのだ。保健室の先生は、エリカと同い年の田中ユリだった。
保健室の戸を開けると、奥のベッドのカーテンが引かれている。誰か寝ていた。エリカが尋ねると、黒髪三つ編みを垂らしたユリが、眠そうな声で三年生の松本ジョーと答えた。
「あの弱そうな子か。保健室登校?」
「今日だけだからわからない。ここに登校するなら退学して欲しいね」
医師免許習得後、大病院の派閥抗争に嫌気がさして、保健の先生に転職した彼女は、屈折した物言いをした。
 ウンコしてくるからここにいろ、とユリは保健室を出た。暇だったエリカは、カーテンをめくってジョーの顔を見た。
彼はベッドに横になり、一人エッチをしていた。拾ってきたらしいエロ本は、雨風でグシャグシャしている。悲鳴を上げたジョーは、エロ本を隠した。
 むあっと男の香りが、エリカの鼻をくすぐった。若い男の香り。胸がドキドキした。もう二年、右手でしかシていない。
エリカはベッドに乗り、ジョーに顔を近づけた。汗ばんでいる。好みの顔だ。ジョーのジョニーは、赤黒く痙攣し、天に向かって伸びていた。
「いい……よね?」
エリカは、唇をジョーに重ねた。二人はファックした。どんな内容かは割愛する。知りたければビデオでも借りるんだ。
長グソから帰ってきたユリは、二回戦に突入する寸前の二人を、保健室から追い出した。
 エリカの日常に楽しみが増えた。彼女はこの男に夢中になった。エリカの日常は退屈だった。ジョーと出会って張合いが出てきた。
「俺たち、付き合っているよな」
休日。エリカの自宅で朝六時からファックしているジョーが、午後三時につぶやいた。
「俺はエリカが好きだよ」
 アラサーのエリカは考えた。十歳の年の差はあるけど、別にいいかな。ジョーの成績や家族について、調べたことがある。
三人兄弟の末っ子だから、親の面倒は見なくていいかも。成績は良好。地元で一番DQNな高校に入学したのは、ジョーの家が田舎過ぎて、一番近い学校がここだったからだ。勉強はできるけど続ける意思はなく、卒業したら就職希望。遅刻も無断欠席もない。アルバイトもしていて、通学用の原付は自分で買ったものだ。気が弱いけど友達は多くて、人間関係も良好。ファックの相性もいいし、数を重ねるごとに巧くなる。
 今まで付き合った男の中で、一番マシだった。自分で見つけた男はゴミばっかりだったし、友達の紹介も出会い系もお見合いも、不良在庫ばかりだった。年齢だけがネックだけど。大家族の末っ子だったエリカは、家のことを考えなくてもよかった。三番目の姉ちゃんだって、二十も上のおっさんとデキ婚した。私はまだ許容範囲だ。別にいいかな、コイツで。うんや、コイツがいいんだ。
「私もよ。ジョー」
エリカは、唇をジョーの下半身に運んで……続きは勝手に想像しろ。
 運命とは残酷だ。いつだってサディストだ。エリカに恋敵が現れたのだ。相手はスケバンだ。
 読者は恋に落ちる音を聞いたことがあるか?スケバンにとっての恋に落ちる音は、猫のゲップだった。
 スケバンは猫が好きだった。学校そばの公園で、野良猫が出没するようになった。スケバンは学校を抜け出し、猫と遊ぶようになった。
「おーよしよし!おーよしよし!」
彼女は猫をもみくちゃにした。
 やがて猫が住めるように、誰かがタオルを敷いた段ボールや食事用のお椀を置くようになった。誰なんだろう、と植え込みに隠れて待ち伏せしていると、同じクラスのジョーが現れ、猫に餌をあげていた。
「おーよしよし!おーよしよし!」
彼は猫をもみくちゃにした。
餌を食べ終えた猫は、でかいゲップをした。
「臭いゲップするなよ」
ジョーは鼻をつまんだ。
 その瞬間だ。恋をしたのだ。視界が揺れる。胸が切ない。彼のことを知りたいし、私のことを知って欲しい。そんな欲求が、スケバンの心を占めた。パシリにしているのは謝るよ。私、あんたが、好き。
 彼女の行動は迅速だった。次の日の放課後に、ジョーを呼び止め、二人きりで教室に残った。
ジョーは怯えていた。またパシられるのかな。
 彼女は彼に思いを告げた。この時、彼女は詩人だった。一晩中、あらゆる書籍の恋と愛をつづった文を読み漁り、それらを下地に己の想いを歌い上げたのだ。その言葉は時代を超えて、恋する男女を繋ぐ名文だった。シェイクスピアも弟子入りを希望するほどの言葉だった。
 でも、ジョーにはエリカがいたので素直に断った。スケバンはキレて暴力を振るった。ジョーは叫んだ。
「エリカはいい女なんだ。俺は彼女を愛しているんだ。話だって合うんだ。体だって合うんだ」
「なんですって……私だって処女なんですよ!」
 頭から血を流したジョーは、毅然とした態度だった。スケバンは驚いた。いつもすぐ泣くのに。土下座して焼きそばパン買ってくるのに。
「お前なんて嫌いだ。もうお前の言うことは聞かない。どんなゴリラみたいなヤンキーを連れてきても、言うことを聞かない。アバヨ」
 ジョーはふらつきながら教室を出た。残されたのはスケバン一人。彼女は泣いた。これが失恋の味か。これが本当の恋の味か。喉がガラガラになるまで泣いた。
だんだんエリカへの憎しみが増してきた。あのアマがいなければ、ジョーは私の物だった。許せない。
 スケバンの行動は迅速だった。用務室から小型のチェーンソーを奪い、職員室に飛び込んだ。中にはエリ
(2751文字/5502文字)

 

⑪五番線二二時発上り列車

 窓枠の中の景色はプラットホームだった。蛍光灯の黄色い光と真っ暗な夜の対比が生み出す、ベンチの影だけが立っていた。
 青年の乗る車両には彼以外誰もいない。終電の列車は強風のため運転を調整している最中で、彼は暇になっていた。彼の視線はホームを彷徨うが、口の端に笑みを浮かべる瞳には何が映っているのだろうか?
 ここで青年がこの列車に乗るまでの経緯をお話ししよう。ご安心あれ。青年のニヤニヤが収まるまでの間だ。
 一年前に同期の女性が辞めた。仕事を変えるためである。二人のいた会社は相応の実績と、知名度を持っていた。環境だって、平均より上だった。
「他のことをしたくなったのです」
 それが退職の理由だった。無責任だとは思わなかった。相応の実績を残した上での退職だった。物足りなくなったのだと彼はすぐに感づいた。
 彼女の退職後強い焦燥感に襲われた。彼女はいなくなって、初めてその大切さに気が付いたのだ。
「どうしていなくなってから気が付いたんだろう」
 後悔しても手遅れだ。しかし、こういう出来事は珍しいことではない。頭の中の写真集にしまい込んで、そのまま本棚にしまって忘れてしまうのがほとんどだ。青年も例外ではなく、彼女との思い出をしまい込んでいた。しかし、心の疲れと時間を持て余していた今は、本棚に手を伸ばすのだった。
 今夜の彼はひどく疲れていた。歩くのもやめたくなるくらい疲れていた。拡声器で悲鳴を上げたくなるほど疲れていた。いくつかの失敗と相当量の不快な気分で彼は疲れ果てていた。
 あら?主人公はまだニヤニヤしている。それだけではない。窓に自分の名前を小さく、人差し指で書いている。何を考えているのだろうか。頭の中を覗いてみよう。
 彼は奔放な想像力を使って、プラットホームに退職した彼女の姿を思い浮かべていた。着ている服のブランド名はもちろん、髪の毛のほつれや香水のにおいまで緻密な設定を定めて、登場させていた。
 彼女は仕事帰りにこの列車に乗るところだった。そこで先に車内に乗り込んでいた彼に気が付くのだ。窓は閉じており、彼女は自分の名前を唐突に―車内から見ると反転していて読むのにちょっと苦労はするが―そこに書くのだ。その隣に相合い傘を描いて、その隣を指先でチョンチョンと―そして青年は気が付かなくてドンドンに変わる―突く。そして彼女は去っていくのだ。ニヤニヤし
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⑫デブとチビは故郷の空

 デブとチビは友達だった。二人は眼鏡のレンズのようにいつも一緒だった。
「見て、あんなところにカメはいる」
「違うよ、あれは俺の村のハゲジジイだよ」
 二人は別々の村に住んでいた。デブはD国、チビはW国の村に住んでいた。二つの村は国境を挟んで隣り合っていた。
この二つの村の境目に、誰も使わなくなった小屋があった。二人はここでよく遊んだ。ずっと一緒だと思っていた。喧嘩しても、翌日には眼鏡のレンズに戻った。
 ある日、両国で外交上のトラブルが起きて、国交が断絶された。二人の住んでいた村は軍の基地になり、村人は他の土地に移動させられた。そして、デブとチビは離れ離れになった。
 そして数年が経った。
まだ両国は緊張している。チビは故郷から遠く離れた国境の町にいた。数年経ってもチビのままだった。
 チビは警備の兵隊だった。一本の白線の向かい側はD国である。自国の領土内に立ち止まって、敵の警備兵と向き合うのが彼の任務であった。
 チビが初めてこの村に来た時、デブに会った。デブはやっぱりデブだった。何から何までデブだった。
 デブは白線を挟んでチビの正面に立った。じっと見つめてきた。チビもそうした。再会を喜ぶところではなかった。緊迫した両国の最前線なのだ。
 やがて交代の時間。二人は小さく、短く、急いで言葉を交わした。
「元気か?」
「元気だよ」
「俺もさ」
「よかった」
 二人の間ではこれで十分だった。二人はその晩朗らかな気持ちで眠ることができた。二人はそれから一言も口を開かなかった。
 やがてデブが遠くの国境の町に異動になって、そしてチビも異動になり、二人は離れ離れになった。
 そして数年が経った。
両国はついに戦争を始めた。鉄砲の音が毎朝響いた。夜空は戦火でいつも明るかった。空を見上げると、飛行機が鮮やかに輝く爆弾を空に植えていた。人々はそれらを美しいと最後に思って燃えていった。
 デブは故郷の村にいた。D国はデブの故郷からW国に進攻しようとしていた。しかし、先にW国の侵攻が始まった。攻撃は昼夜問わずに行われた。
やがてD国は撤退を始めた。デブの部隊はバラバラになり、彼は真っ暗な荒野を一人で逃げる羽目になった。
 地面が大きい音と一緒にグラグラ揺れた。地平線の向こうで白い光が弧を描いている。それらにデブは怯えた。
一軒の小屋が彼の前に現れた。デブはその中に逃げ込んだ。
「ああ、ここは」
 ドアを開くと壁一面にデブとチビの落書きがあった。一目で分かった。この絵は自分がチビを描いたもの。あの絵はチビが自分を描いたもの。
 そう、この小屋は二人の遊び場だった。奇跡的に当時のままだった。デブの目に、二人で遊んだ日々が、鮮明に流れた。
 その
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⑬ゴミ屋敷

 ゴミ屋敷から追い出されたデブとチビは、市役所の地域課に勤めていた。このゴミ屋敷には何トンものゴミがあり、倒壊して道路を遮ったり、カラスも咳込むほどの悪臭を放ったりして、市内で一番の迷惑スポットになっていた。
「このゴミをどうにかしてくれないか」
 デブとチビは何度も居住者に言ったが、
「嫌でヤンス!ゴミではないでヤンス!転売すれば金になる財産でヤンス!オイラはこれでモテモテになったんでヤンス!」
 と、くっさいくっさい口臭を撒き散らされ、二人は追い出されていた。
「今日もダメだったね。頑固者め、近隣住民の迷惑も考えろ」
 デブはチビに言った。
「何がモテモテだよ。あんな口臭に近寄る女なんているのか?」
「でも、夜中によく出入りしている女はいるらしいぜ。それもたくさん」
「よくわからん。ああいう臭いがいいのか?」
 チビは首を傾げて言った。デブはひらめいた。
「燃やしてしまおう」
「いいね」
 その夜二人はニット帽と黒い服とサングラスを身に着け、ゴミ屋敷に火をつけた。
「助けてくれでヤンス!」
 居住者は崩れ落ちたゴミに挟まれて焼け死んだ。
「ハッピーエンドだ」
 チビは安心して
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⑭地球ぽかぽか計画

 お金はないけど好奇心はたくさん持っている、天才小学生の丹羽スミレは、朝から冬の寒さに凍えていた。
「お母さん、寒いよ」
「こんなに寒いなんて」
 お母さんはエアコンと格闘していた。お金がない家庭だった。両親は一生懸命働いているのに、不景気でお金がなかった。
 窓の外には雪がうっすら積もっているが、スミレにとって、白い悪魔にしか見えなかった。
「ココア飲む」
「ああ、お母さんがヤカンに火をかけるから、あなたはやらないで」
 お母さんは水道の蛇口をひねったが、水が出ない。凍っているのだ。温度計を見るとマイナスを記していた。
流し台を覗き込むとスミレはビックリした。昨日水につけたお皿に薄い膜が張っている。触ってみると、冷たくて硬かった。氷ができるということは、冷凍庫の中のように寒くなっているということだ。
「なんとかしないと凍死しちゃうよ!」
 しかし、エアコンの調子が悪い。お母さんがずっと戦っている。修理を呼ぶお金もなかった。それに、ずっと暖房をつけるわけにもいかなかった。電気代がバカにならない。昨年の冬を思い出した。一日中ずっと暖房をつけていたら、電気代がすごいことになって、お父さんは寝込んでしまったし、おかずが減ってしまって悲しい思いをスミレはしていた。
 学校に行こうとすると、冬将軍の猛攻は凄まじく、靴の中がびしゃびしゃになった。
学校の勉強は大好きだったけど、手がかじかんでノートが取れない。休み時間になると、スミレは暖房の前に駆け寄って、ガチガチ歯を鳴らした。
「先生、学校の備品のエアコン貸して下さい」
「無理よ」
 先生はピシャリと言った。スミレはガッカリした。
「フン、お金のない家の子は可哀そう」
 ブルジョワ階級の娘である意地悪なエリカに笑われてスミレはムッとした。
「フン、俺なんて半ズボンでも大丈夫だもんね」
昨日まで粋がっていたジョーは風邪で休みだった。スミレはジョーが好きだったのでつまらなかった。
「全部寒さのせいなんだ」
 スミレは考えた。寒さを解消するにはどうしたらいいのだろう。彼女の明晰な頭脳は、革命的なアイディアを思いついた。
「そうだ、地球温暖化を進めればいいんだ!一年中温かくすればいいんだ」
 しかし社会は地球温暖化を防ぐのが主流だ。か弱い乙女が訴えても相手にしてくれないのはわかっていた。だから温暖化を促進させる機械を自分で作ろうとした。
 学校が終わるとスミレは、エリカが住んでいる高級住宅街に走った。その先は町のはずれになり、ブルジョワたちが捨てたゴミがたくさんあった。そこから機械を作るのに必要な部品を手に入れようとした。
広大なゴミの広場にはたくさんのホームレスが、まだ使えるものを探していた。スミレは争奪戦に参加したが、負けてしまった。
「私は負けないぞ」
 スミレの負けん気は強かった。数日経ってジョーが暖かな服装で登校した時に、
「ジョー!半ズボンで風邪をひくなんてカッコ悪いよ」
「うるさいやい。俺はカッコ悪くない。喧嘩だって負けたことがないんだ」
 女の子にカッコ悪い、と言われてジョーはムッとした。
「じゃあ、手伝ってよ。内容はね……」
 スミレはジョーに計画を話した。ジョーは汚名返上をしたくて計画に乗った。スミレがゴミの広場で部品を探している間、他の人々をジョー
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⑮お金の木

 硬貨が三枚。それが天才小学生丹羽スミレの全財産だった。何回数えても三枚だった。
「お母さん、お小遣いちょうだい」
「悪いわね。お父さんの方があなたより少ないのよ」
 スミレはグズグズ泣いて、外に出た。どうしてうちは貧乏なんだろう。
町を歩いているとお寿司屋さんで、クラスのいじめっ子であるブルジョワ階級のエリカがまぐろを食べているのを見つけた。スミレは悔しくなったが、どうしようもできない。
 しばらく歩いていると、コンビニから同じクラスのジョーが追い出されているのに出くわした。スミレはジョーが好きだったので、駆け寄って尋ねた。
「悔しいなあ」
 ジョーは歯ぎしりした。コンビニのコピー機でお札を印刷しようとしたら見つかって怒られたのだという。
「ジョー、それは記録が残るからダメだよ」
「でも、おこずかいが少ないんだ。手伝いしても、全然足りないんだよ」
 それでもスミレの十倍持っていた。スミレはショックを受けた。その時に革命的なアイディアを思いついた。
「ジョー、そのお金を私に投資してよ。お金がなる木を作ろうよ。百倍にして返せるよ」
 ジョーはスミレのアイディアに飛びついた。二人は二週間、おやつも欲しいものも我慢して、品種改良に没頭した。そしてお金がなる木を作ることに成功した。
「木が成長すると硬い皮の実がなるんだ。その実の中には百枚の硬貨が入っているんだ。お札には製造番号が書いてあるけど、硬貨にはないからね。足がつくことはないんだよ」
「すごい!どういう仕組みなの!」
 ジョーに尋ねられたがスミレは、
「ジョーは慣性の法則って知ってる?」
「まだ習ってないよ」
「じゃあ説明しても無駄だね。よし、早速植えよう」
 スミレは自分が住んでいる団地の隅っこに植えた。木の成長は早かった。
十日でたくさんの硬貨の実がなった。実を割るとジャラジャラと、たくさんの硬貨
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⑯世界最速のコケコッコー

 天才小学生の丹羽スミレの家には車がなかった。いつも自転車で、お父さんもお母さんもスミレも移動していた。
「お父さん、どうして車を持っていないの」
 排気ガスが蔓延する道を、自転車で遠くの山にピクニックに行く途中、お父さんにスミレは尋ねた。
「すまんな。お金が貯まらないんだ」
「でも、みんな持っているよ」
 そう言うとお母さんが、
「車は環境に悪いのよ。たくさんの排気ガスで環境を汚し、二酸化炭素地球温暖化を招くんだから。地球温暖化をね。それに税金も高いし、ガソリン代も修理費もかかるのよ。だから自転車の方がいいの。お金もかからないし、いい運動になるじゃない」
 確かに母の言うとおりであるが、スミレは汗だくで疲れてしまったので、素直に受け入れられなかった。
 ちょうど悪いタイミングで、クラスのいじめっ子であるブルジョワのエリカに見つかった。エリカは大きな高級車に乗っていた。
「やーい。お金がない子は自転車でしか移動できないんだね」
 と、エリカの家の車は、若葉ともみじマークを楽しそうに煽りながら行ってしまった。
朝三時に家を出て、七時間かけて目的の山に。少し休んでご飯を食べてみんなで遊んで、また七時間かけて家に帰る。夜の十時に家に着くと、三人とも玄関で眠ってしまった。
「車があればいいのに」
 翌朝、筋肉痛でひどい目にあったスミレは学校で考えた。
 車を手に入れるのは簡単だった。壊れた車や捨てられた車を修理すればいい。しかし、そうなると、お母さんの言った環境破壊への不安、高額な税金と燃料代を支払わないといけなくなる。
 自転車にエンジンをつけることを考えた。試作車は成功して時速百キロで走ることができた。でもタイヤがすぐに破れてしまうし、漕ぐのがやっぱり大変だった。そして燃料もかかる。
 犬や馬に乗るのも考えた。軽車両扱いなので道路を走ることができる。でも餌代がかかるし、馬を購入する資金も高かった。
「もっと経済的な乗り物はないだろうか」
スミレの頭脳に革命的なひらめきが宿った。
「そうだ、ニワトリにソリを曳かせよう」
 ニワトリならば卵を産んでご飯にできるし、換金もできた。から揚げにして売りさばいてもいい。
 スミレは家に帰ると、冷蔵庫の卵を温めた。そしてヒヨコを孵化させた。しかしお母さんに見つかった。
「まあ、この団地は動物の飼育は禁止よ」
「しまった」
 スミレはダンボールに入れて、同じクラスのジョーの家に向かった。スミレはジョーが好きだった。
 ジョーの家は田舎にあったけれども、田畑があった。スミレは畑の隅っこで、ジョーの両親と祖父母の許可を得て飼育を始めた。孵化と交尾を繰り返し、たくさんのニワトリが育った。一見すると、ただの普通のニワトリの群れだった。ジョーは尋ねた。
「ニワトリがソリを曳くってどうやって、まっすぐ走れるの?そんなに早く走れるの?」
「私が遺伝子をいじくって完成させたこの餌なら、足腰の筋肉がとても強い、ニワトリが育つんだよ。私の指示がきちんと理解できるように、偏差値も高くなるんだ」
「すごい!どうやって作ったの?」
「ジョーは、分数を割り算する時、なんでひっくり返してかけ算にするのか、理由を知ってる?」
「まだ習ってないよ」
「じゃあ説明しても無駄だね。よし、そろそろ頭数が揃ったかな。一列に、並べ!」
 と、命令すると、ニワトリたちはピシリと一列に並んだ。そのあたりの大人よりずっとマトモだった。ザッザッと足並みを揃えて畑を一周する。どのニワトリも、同じように首を前後に動かし、瞬きも一緒にした。
「ワンワン!」
 近所の野良犬が、ニワトリの臭いを嗅ぎつけてやってきた。しかし、ニワトリは一箇所に集まって、羽を一斉にバタバタさせた。
「コケコッコー!」
 まっすぐ犬を見つめて同時に叫ぶ。その姿がとても不気味で犬は、
「キャイン!」
 と、泣き声のような鳴き声をあげて逃げていった。ジョーも、ニワトリが不気味で怖くて、泣き出してしまった。
「ジョー!男の子が泣くなんてカッコ悪いよ!」
 スミレはソリを準備して、ニワトリ一羽一羽をヒモで結び、犬ゾリならぬニワトリゾリを作った。スミレとジョーはソリに乗って、
「さあ、行くんだ」
 ニワトリは一度に走り出した。ザッザッとゆっくり走っていたのが、ドドドドドドドに変わり、二人は公道に出た。ジョーはスミレに尋ねた。
「ねえ、道路交通法は大丈夫なの」
「そこまで考えなくていいんだよ」
 ハイヤー!と、スミレは燃料の代わりにたくさんの特殊な餌を撒いた。これを食べるとニワトリは、元気一杯になって走り続けることができる。速度計で測ると、普通の車と同じ速度を記録していた。
 道行く誰もがビックリして、ニワトリの群れを指差した。交差点できちんと止まることもできるし、右左折も一糸乱れぬ行動できちんとできた。
「わあ、すげえや!」
 ジョーは大喜びだ。スミレは嬉しくなって、
「ジョー、こうしてニワトリで移動すれば環境破壊にはならないし、卵や鶏肉で食べ物にも困らない。困
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